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【短編小説】宗教

「クラテラのユーザー、サービス終了のこと長期メンテって言って騒いでるの運営に失礼だと思わないのかな。せっかくきちんと終わらせてくれた運営に泥塗るのやめた方いいよ」
 紗枝はひとまず、スマホをベッドに投げようとした。そこに「3件の新着ツイート」のお知らせが出る。クラテラのサービス終了告知が来た時も、同じような感じだったと思う。

【重要なお知らせ】
日ごろからクライシステラーをお楽しみいただき誠にありがとうございます。この度、2021年4月30日の13時をもってサービス終了とさせていただくことになりました。

 メンテナンスが終わり、ゲームにログインすると同時に出てきたお知らせに紗枝はひっくり返りそうになった。メンテお疲れ様課金で一万円をねじ込めば、課金総額はちょうど三十一万になるはずだった。慌てて開いたショップは既に閉店しており、諭吉の行き場はなくなった。肩透かしだ。
「三十万……」
 三十万円。人生を共にすると誓ったソシャゲに、半年という期間で貢いだ額。
 三十万円があれば、一般の人たちは何に使うのだろうか。ちょっといいランチを食べにいくとか、欲しかったものを買うかもしれない。コツコツと頑張るのが好きな上司なら投資に使うだろうし、数か月前に子供ができたばかりの後輩なら養育費の足しにするだろう。
 紗枝は違った。紗枝はこの半年で、三十万円をソシャゲに費やした。ストーリー、ゲームシステム、キャラクター、ありとあらゆるすべてがカチッとかみ合った作品だったので、消えてほしくない一心で更新があるたびにそこそこの金を投じていた。埃をかぶったペンタブを引っ張り出して二次創作もしたし、オンラインの同人誌即売会で本も出すつもりでいた。
 Twitterのフォロワーが言った。「どこがそんなに面白いの?」
 紗枝は答えた。「全部」と。
 ソシャゲお約束の周回イベントも、レイド戦も、王道を通り越して手垢が付いたシナリオも、個性的なキャラクターも。紗枝にとってはすべてが魅力だった。誰かが「おんたま(紗枝のハンドルネームだ。フルネームはおんせんたまねぎという)さんこのソシャゲ好きそう」と言って、ビッグタイトルを布教してきたこともある。しかしそういったタイトルは人気作だけあって確かに面白いのだが、紗枝にとっては何かが明確に欠けていた。たまの暇つぶしには悪くないが、時間と金をつぎ込めるだけつぎ込みたいという情熱には届かなかった。
 紗枝は少しだけ泣いた。三十万ではクラテラクライシステラーに一周年を迎えさせることはできなかった。批判意見の気持ちも理屈もわかるが、クラテラを終わらせていい理由にはならない。いや、実際はそんなだから金が集まらなかったのだろうけど……。
 決算月が近づくと、不良ソシャゲの公式Twitterアカウントは次々に己の寿命を呟き始める。ショックを受ける人は少ない。そもそも人口が少なくなっている。過疎の村が潰れたところで嘆息するのは当事者とかつてその村にいた人たちだけで、大半は何かの祭を遠巻きで見ているようにしてその末路を嗤う。
「クラテラ逝ったー!www」「まぁあのお粗末なイベントじゃ人いないわな。オツカレサマデス」という風にして。
 そんな嘲笑がはびこる中、一つのツイートが紗枝の目に留まった。
「語り部(クライシステラーのプレイヤーのことだ)さん! 諦めないでください! サービス終了は決まってしまいましたが、できることはあるはずです。運営さんに感謝の気持ちをメールしたり、オフライン版の要望を送ったりしましょう!」
 そうだ、と紗枝はスマートフォンを握り締めた。
「クラテラがここで終わるわけないだろが! ちょっと長期メンテナンスが始まるだけだろ、な?」
 涙を流している場合ではない。今日は二月三日。クラテラが遊べなくなるまでまだ二か月ほどある。今後のスケジュールをすべて手帳に書き写し、箱推ししている「緋の自警団」のメンバーにバレンタインチョコを送ってもよいかを運営に問い合わせなければならない。訓練された「語り部」たちが様々な情報をくれる中で、紗枝のすべきことも決まっていった。
「サ終を即座に長期メンテに書き換える語り部、訓練されすぎで草」
 クライシステラーはルイテ大陸に存在する物語たちが、邪悪な力によって物語を書き換えられてしまう。その影響で物語の住人「ティリスト」たちも存在を捻じ曲げられ「ナイトメア」という怪物になってしまう。ナイトメアは人々に危害を加えるが、主人公である「語り部」が物語の結末を正しく修正し、ナイトメアたちを本来の姿に戻していく、という話である。
「これは長期メンテだ」
「長期メンテ悲しいけどやれることはやりきろう!」
 筆の早い絵描きたちは早速感謝イラストをアップし始め、紗枝はひとまず運営に感謝の気持ちとオフライン版の懇願、そしてプレゼントを送付しても構わないかの問い合わせメールを送った。長文五千文字の大作を三千文字に凝縮するのに一番骨が折れた。紗枝は文字書きではない。改めて小説を書ける人のことをすごいと思った。
 ファンアートが溢れる中、公式から改めて長期メンテナンスサービス終了の説明があった。イベントの復刻、期間限定コンテンツの常設、メインシナリオの完結。残り二か月でやれるだけのことをやるのは、紗枝にとっても運営にとっても変わらないらしい。
「長期メンテ突入前のヤケクソ大盤振る舞いだから推し強化し放題」
「不利属性高難易度を推しと一緒に踏破しました!」
 屍へのカウントダウンを進めていくクラテラの骨を余すところなく舐めしゃぶるユーザーの報告をTwitterで見ていると、紗枝はほっとした。仲間がいるということへの安堵だった。半年で三十万、一か月換算で五万。それだけの金をつぎ込むレベルでなくとも、それぞれがそれぞれのやり方で最後の時を過ごしていた。
 そんな中の苦言である。

「クラテラのユーザー、サービス終了のこと長期メンテって言って騒いでるの運営に失礼だと思わないのかな。せっかくきちんと終わらせてくれた運営に泥塗るのやめた方いいよ」

 紗枝は「ほっといてくれればいいのに」と思った。それと同時に、クラテラの運営に対して花や菓子を送るというのはただの自己満足なのではないかという不安に襲われた。半年でたった・・・三十万しか出せなかったのに、長期メンテサ終が決まってから「オフライン版を出せ」だの「設定資料集を出せ」だの「終わらないでくれ」だのと言うのは身勝手だ。理屈としては分かる。好きなコスメや文具を買うための金をクラテラに出していたらもっと違う結末を迎えられていたのではないか。それこそ一周年とか。
「3件の新着ツイート」が「20件の新着ツイート」に数字を変えた。紗枝はタイムラインを更新した。例のツイートが引用リツイートされていた。

「まず半年サ終の時点できちんと終わってないんだよ。サ終ソシャゲの終わらせたってのはハワイの海を見るのが無理だったから東京湾で我慢してるような感じです。あと、それ言っていいのは運営本人だけで、クラテラ課金どころかそもそも遊んでなさそうな外野が偉そうに説教垂れるのは間違ってます」

 この引用リツイートは紗枝のものではない。カジワラという名前のクラテラ重課金語り部ユーザーだ。「深淵の魔女ネロ・グランテ」実装時にはガチャと育成素材の購入に十数万、実装感謝お布施に追加で十万という財力を見せつけた強火のファンである。紗枝とはキャラ愛というスタンスも重課金というスタンスもぴったりと一致していたので気が合った。といっても定期的に金を入れていた紗枝とは違い、カジワラは推しが来た時に一気に札束をねじ込むスタイルだったが。
 引用リツイートの前には「は?」「こいつ運営ちゃん?(絶対違う」という前置きがあった。相手に確実に届く箇所だけは物腰柔らかだが、その周辺の怒声で台無しではある。

「SNSのクソ悪い使い方の一つに『気に入らないことをぬかした奴の他のツイートを見に行く』があるんだけど今回はやりました。許してください裁判長(懲役二秒)」
「結局自分がサービス終了を長期メンテって言い換える文化が嫌い!って言って他人を抑えようとしている時点でクソ」
「こっちは四月が終わると推しに遭えなくなるし推しの時間が止まるんやぞ、安全圏でこっちに言いがかりつけんなカス」
「ファンが法律やモラルから外れたことをしようとしてるのを止めるんだったら分かるけど、その範囲につま先すらひっかかってないなら外野があれこれ口出すべきじゃないでしょ」

 カジワラのツイートも、紗枝の目も、せわしなく動いていく。

「不愉快ツイートにお気持ち投げちゃった。カジワラからのご指摘ツイート読めなくなったらかわいそうなのでミュートで勘弁してやるよ。ぺっぺっ(塩を撒く音」
「そもそも俺にはこんなクソツイにお気持ちを投げる時間などない、ネロたそ~(語彙崩壊」
「九時から高難易度マルチ『深淵の頂』に来てくれる人募集中!カジワラはネロたそで行きますんで物理アタッカーか回復かネロたそ募集!」

 カジワラのツイートに、紗枝は熱心にいいねを投げた。共感を覚えた他の語り部ユーザーたちもリツイートやいいねを投げる。「よくぞ言った!」という肯定的な意見が大半だ。これも一種の盲目性であることを考えると、もしかしたら相手の方が正しいのかもしれない。
 別のフォロイーがこんなことを言った。
「サ終をメンテって言い換えるのは別れを惜しんでいるからっていうのがあるから、確かに運営のお気持ちを考えていないのはありうるけど外野が言うことではないわ。公式が注意してきたらメンテツイート全部消すくらいのことはするよ」
 紗枝は少し考えて、ツイートを投げた。
「炎上したらどうしよう」
 すぐにカジワラからリプライが来た。
「そのときはカジワラが相手するから安心してくれ。ところでおんたまさんマルチ来れない?」
 紗枝はリプライを投げた。「回復特化サポータービルドのカーマインで行きます」というツイートには、鬼のような速度のいいねがカジワラから飛んできた。
 ああ、これでいいんだ。
 これが好きなんだ、私は。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)