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【短編小説】とある酒場ができるまで

 四月一日
 念願の料理屋を開店した。一階が店で二階は住居だ。
 魔力を含まない食事が売りだ。ルーツの人々の体にとっては負担がすくない。
 一部の健康志向の魔術師もやってきた。
 嫁はいい顔をしていなかったが、俺は気にしない。
 みんな「うまい、うまい」と言って食ってくれるならそれでいい。

 四月二日
 今日も客の入りはいい。
 昨日の魔術師が仲間を連れてやってきた。
 嫁が少し辛そうにしたので、休ませようとした。
 あいつは昔、魔術師にひどくいじめられたから仕方ない。
 だが、「休まないわよ。あんた、料理下手じゃない」と言われた。
 その通りなので何も言えない。

 四月十日
 日記を書き忘れていた。ずーっと客の入りがいい。今日も。
 嫁が常連の魔術師と仲良くなりつつある。
 魔術師も嫁の境遇をなんとなく察したようだった。

 四月十一日
 飢え死にしそうだという子供がやってきた。
 金がないというので、パンを持たせてやった。
 本当なら食事を与えたいところなのだが、
 ひとつ例外を作るとそこに付け込まれてしまう。
 嫁からは「あんたは甘いねぇ」とつつかれた。

 四月十二日
 子供がいっぱいやってきた。
 金がないという。
 パンは余っていないんだ、と言うと
 舌打ちして出ていった。
 嫁から「ほら、いったでしょ」とつつかれた。

 四月十四日
 昨日は日記を書き忘れた。子供は来なかった。
 新聞に「地区の捨て子急増」というニュースが掲載されている。
 確かに最近、ごみ捨て場で赤ん坊を見かけることがある。
 老いぼれ夫婦に子供を育てるだけの余力はないので、
 見て見ぬふりをしている。

 四月十五日
 地区に子供を捨てるのは昔からよくあることだった。
 なんでも、魔術師の家系でルーツが生まれたときに、
 地区に捨てるのが一番メジャーなやり方らしい。
 孤児院に預けると、「あの家でアンヒュームが生まれた」と噂になり、
 家の格式を汚すことになるからだ。
 ひどい話だ。

 四月十七日
 仕入れに行った帰り、子供に囲まれた。
 パンをくれという。
 これはあげられないよ、と言うと、
 服を引っ張られて大変だった。
 大きめの食パンをひとつ、遠くに放り投げて、
 それに気を取られたうちに逃げた。

 五月十八日
 日誌の存在を忘れていた。今日は雨が降っている。
 店は好調だ。
 今日は久しぶりに蒼鷹がやってきた。地区を救った有名人だ。
「意外な店を開いたね」と言われたので
「サインをくれ」と言ったら笑われた。

 五月十九日
 今日も雨が降っている。
 嫁が「じめじめして嫌になっちゃう」と文句を言っているので、
 気分だけでもさっぱりできるようにはちみつレモンを仕込んだ。
 明日になれば美味しく食べられるだろう。

 五月二十三日
 ゴミ捨て場で赤子の死体を見た。情けない悲鳴を上げてしまった。
 地区の情報屋たちがやってきて、あれこれと調べ始めた。
 蒼鷹もいた。「今日は帰りな」と言われたので帰ろうとしたが、腰が抜けて動けなかった。
 あんなものを見るのは久しぶりだ。
 いや、そもそも久しぶりというのがおかしい。
 悪い魔術師連中がここを子供捨て場だと思っているのがおかしい。
 蒼鷹に担がれて帰宅した私を、嫁は心配してくれた。
 笑われるものだと思っていた。

 五月三十日
 地区に捨てられた子供はみんな死ぬのだろうか、と蒼鷹に問いかけた。
 彼が言うには「赤ん坊だけが捨てられるわけじゃない」「親の面が分かるガキだって例外じゃないさ」とのこと。
 そういって蒼鷹はオムライスを食べていた。こうやって見ていると、英雄にも暗殺者にも見えない。

 六月二日
 体調を崩した。この年になるとただの風邪でもシャレにならない。
 嫁が滋養スープを作ってくれた。

 六月四日
(空白)

 六月五日
 蒼鷹が来た。

 六月七日
 嫁は朝、玄関の扉が開く音で目が覚めたらしい。
 締め忘れちゃったのかしら、と。まぁ、そんな調子で。
 私は眠っていた。
 嫁は、強盗団と、鉢合わせした。
 強盗団は、みんな子供だったという。
 地区に捨てられた子供たちが生きていくには、
 そういった道しかなかったらしい。
 私は、深く眠っていた。
 死んだように眠っていたのだ。

 嫁が、強盗団に、子供たちに、殴り殺されそうになって、
 悲鳴を上げても、助けを求めても、
 私は、ぐっすりと、眠っていた。

 金庫はひどく傷ついていたが、
 子供の頭では、開け方なんてわからなかったのだろう。
 強盗団は結局、老婆を一人、殺して、
 パンや肉を、盗んで、
 ほかの店へと、向かったそうだ。

 六月十日
 蒼鷹が、強盗団の子供たちを全員殺したらしい。
 人々は拍手喝采だった。
 だが、死んだ人もいる。
 私の妻に限らず。

 六月十二日
 どうしてもっと、事前に強盗を防げなかったのかと、
 蒼鷹に聞いた。
 曰く、あの強盗団は「思い付きの計画」で犯行に至ったらしい。
 それ以外のものは極力防いでいたらしいが、
 子供の行動力とは、恐ろしいものだ。

 七月三日
 店を閉めた。
 魔術師が泣きながらやってきた。
 嫁の好きな花を大量に持って。

 七月四日
 暇だ。

 七月五日
 暇だ。

 七月六日
 嫁を探しに外を歩いていると、蒼鷹に声をかけられた。
 医者を紹介された。

 七月七日
 死にたい。つらい。つらい。

 七月八日
 最近ゴミ捨て場の赤ん坊を見ない。
 蒼鷹には「寝てろ」と言われた。
 私には熱があるらしい。
 ずいぶんと長引く風邪だ。

 七月十日
 夢に嫁が出てきた。しっかりしなさい、と怒られた。
「あんた、ぐっすり眠ってたから、助かったのよ」と言われた。
「店を開けとは言わないけど、もうちょっとしゃきっとしてちょうだい」
 と言われた。

 七月十一日
 熱が引いた。
 どうやら私は泣きながら眠っていたらしい。
 おせっかいな暗殺者が「それでいいんだよ」とか言ってきた。
 なんてやつだ。

 七月十五日
 嫁に会いに行った。その際に魔術師と会った。
「よかった! 死んじゃったかと思いました!」と言われた。開口一番。
 ひどい言われようだ。

 そのついでに共同墓地をちらりと見に行ったら、
 ずいぶんと若い連中の名前がたくさん刻まれていた。
 どうやら……あれから地区の捨て子は情報屋たちが見つけ次第始末しているようだ。
「芽は若いうちに摘むのがいいのさ」と、墓守が言っていた。
 とはいえ地区側でも、孤児院を始めたやつがいるらしい。
 捨てられた自分を見つけるのが、職員か暗殺者かで命運が変わるとは……。

 八月一日
 店を再開しようと思っている、と弟に相談したら、
「いいじゃないか!」と背中を押してくれた。

 八月三日
 店の名前を「ワルツ」にすることにした。
 前は定食屋だったが、私は料理が下手なので、
 簡単に作れるものをメインに、となると
 バーしか選択肢がなかった。
 蒼鷹から「練習しろ」と言われたが、
 嫁にはきっと敵わない。

 八月十五日
 店をあれこれ改造することにした。
 事情を知る人たちが手伝ってくれるのはうれしい。
 弟もやってきた。
 記憶力のいい弟は、初対面でも数十人ほどの名前をあっという間に憶えてしまった。
 私は弟から酒の混ぜ方を学ぶのだ。

 八月二十日
 熱中症が怖いので、いろいろと対策をしている。
 塩飴というものがいいらしい。
 なめてみたら少しだけしょっぱかった。
 塩飴だから、冷静に考えると当然か。

 九月十日
 早いもので、あっという間に工事は終わってしまった。
 この調子なら来月には「ワルツ」を開けるだろう。
 楽しみだ。
 嫁に報告したが、特に夢は見なかった。

 九月十七日
 どうして「ワルツ」という名前にしたのかを弟に聞かれたので、あえてはぐらかした。
 ので、ここに書いておこうと思う。
 ワルツといえば、二人で踊るものだ。
 最初の定食屋からはずいぶんとかけ離れてしまったので、
 せめて名前だけでも「私と嫁」の存在を示しておきたかったのだ。

 九月二十日
 オープンを十月一日に決めた。
 ずいぶんとハードスケジュールだな、と笑われた。
 思えば定食屋の時もそうだった。

 九月三十日
 とても楽しみだ。

(ここから筆跡が変わっている)

 十月一日

 バカ兄貴。
 オープン当日にぽっくり死にやがって。
 こんなところに俺が何か書いたって意味なんてないと思うが、
 日記は全部読んだ。
 兄貴が開く予定だった「ワルツ」の名前を、
 勝手に「髑髏の円舞」にしてやった。
 ざまあみろ。
 あの世で嫁さんと幸せに踊っていればいい。
 ばーか。

 十月十日
 予定よりずいぶんずれてしまったが、まぁ、店はオープンできた。
 とはいえ俺も料理は下手な部類なので、
 あちこちから「酒は美味いが飯はまずい」と言われて散々だ。
 でも客は来る。
 物騒な連中ばかりだけど客はくる。
 兄貴の嫁さんと仲良しだった魔術師もよく来る。


 …… ………… ……。

 日記はここで終わっている。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)