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【超短編小説】Marble【読む時間】

   Marble

 読む時間です。何も考えずに本を読みます。適当に選んだ書物を紐解き、静かに文字を追いかけます。紅茶やコーヒーはいりません。とはいえ、水を飲まなければ死んでしまいますので、水差しとコップだけは置いてあります。お茶菓子も結構です。本の間にクッキーの破片が挟まってしまったら大変ですから。
 ゆったりと時間が流れます。今日はドラゴンの住む森の話でした。まるで微睡のような霧の中で、ぼんやりと輪郭をにじませる木々の様子を、私はゆっくりと感じるだけでよいのです。主人公はそうもいっていられません。この森には恐ろしいドラゴンが住んでいるのですから。剣を握ります。湿気と汗で手は滑りますが、お気に入りのグローブがしっかりと滑り止めの役割を果たします。喉が渇いても、主人公は水を飲めません。私は違います。ただの水道水とはいえ、しっかりと水を飲むことができます。
 ページを捲ると、挿絵がありました。大きなドラゴンの絵です。目はぎらぎらと輝いて、全身はウロコで覆われています。翼は空を覆いつくし、そこに対峙する主人公は豆粒のような大きさです。もう一度、ページを捲ります。主人公は剣を手にしてはいますが、ドラゴンがこちらに襲い掛かる気配がないことに戸惑っているようです。ぴんぽーん。……私は時計を見ました。午後の三時を過ぎたところでしょうか。もう一度、ぴんぽーんと音がします。玄関からです。どうやら郵便屋さんが来たようです。私はハンコをもって外に出ました。郵便屋さんは汗だくになりながら、私に挨拶をしてくれました。伝票にハンコを押して、私は荷物を受け取ります。読書の秋とは言いますが、まだまだ夏の暑さが残っているようです。
 箱の中身はクッキーでした。友人からのプレゼントです。私は少し考えてから、本を閉じました。
 ……ええ。食欲の秋でもあります。とはいえ、まだまだ読書の秋ですよ。まずはお品書きの説明を読みますから。



 シロクマ文芸部「読む時間」より。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)