社長、粉を吹く

 看板製作の日々が続く。教育のために時間をとってもらえるわけではないが、何かの折に教えてもらえる先輩方の知識や知恵の片鱗を拾い集め、それを作業に生かしていくのがなんとも楽しい。作業指示を受け、わからない点をまず考えて解決し、それを「こんなやり方でいいですか?」と確認してOKが出たら作業を始める。分からなければ何がわからないのか、どの点がわからないのか理解してから質問する。みんな忙しいから、自分である程度整理してからでないと相手をしてもらえない。教える立場に慣れてしまっていたようで、こんな当たり前のことが新鮮に感じるのも楽しい。


 入社して数日後、社長が会社に姿を見せた。電話で話すことはあったが、姿を見るのは入社後2回目だ。今日はミーティングを開くという。

 この社長はミーティングが大好きだ。何かあるとすぐにミーティングを開く。そして何も決めず、決まらず、時にははっきりしない態度をKさんやK部長(ややこしいな)にコテンパンになるまで指摘されて、諦めとイライラを募らせたまま皆が解散していく。そんな様子を後々何度も見ることになった。それでも懲りずにミーティングを開く。

 今回は、私の今後の社内の業務についてというのがテーマだそうだ。新事業に軽く、ホントに撫でる程度に触れ、看板製作についての私のポジションを追い追い検討するという。どうも主体は看板製作で、新事業についてはほとんどやる気がないようだ。それならなんでもっと若い人をリクルートしなかったのか?他業種で仕上がっている私をわざわざ引っ張り込む必要がないではないか?給料だって高給でこそないがそんなに安いわけではない。通勤だけでもばかにならない費用がかかるのだから、近所の若い人を探したほうが様々な面で得策だったのではないか?そもそも私は何社ものクライアントにこれまでのお礼と身勝手な振る舞いのお詫びを済ませ、後戻りができない状態でこの会社に入ったのだ。この場では言わなかったが収入だって頂く給料の軽く数倍稼いでいたのだ。それをこれから検討する?どういうことですか?

 激昂したいのを抑え、社長に対して訥々と訴える。そもそも新事業の話はどうなるのか?社長は下を向いたままだ。歯を食いしばり、見開いた目が充血している。ふと見ると顔の真下、テーブルに薄く白いものが積もるように散っている。顔から何か落ちている。汗?それにしては粒がずいぶん小さいような...なんか漂いながら落ちてるみたいだし汗っぽくないな。粉?ああ確かに何かの粉だ。でんぷんくらいの粒子だろうか。その粉が社長の顔から降っている。どうやら社長は顔の表面から粉を吹く体質の様だ。そういえばKさんが社長のことを「あの人は粉吹くから」と言っていた。何かの比喩だと思っていたけど、まさか事実そのままだったとは。

 社長が押し黙ったまま粉を吹き続けているので、ミーティングはなんとなく解散になった。その後K氏やKさんが教えてくれたが、どうやら新事業部というのはSさんが一人で突っ走っていて、社内的にはあんまり歓迎されていないようだ。Kさんの「あのオヤジ嘘つくから」と呟くようにボソッと漏らした一言も大いに気になる。言い方が「粉吹くから」と同じだった。まさか新事業部というのは幻か?