見慣れた新天地へ

 新しく勤めることになった会社は、看板の製作と設置が専門の会社だ。いわゆる看板屋さん。実は以前の勤め先の隣近所で、毎日この会社の前を通って通勤していた。その頃に何度か仕事をお願いしたことで営業部長さんと知り合った。

 以前勤めていたのはやはり結婚式場だ。写真屋を立ち上げる会社がありカメラマンを探しているから来ないかと、新幹線で3駅離れた都市に住む友人から誘われた。当時はスタジオに勤務しており、辞める気もなかったので辞退した。それから数ヶ月後にまた、大規模なスタジオを併設した貸衣装屋の出店計画があってカメラマンを探していると連絡があった。その時も辞退したが、また数ヶ月後に今度は結婚式場を開設するから写真担当として、と誘ってくださった。

 ちょうど社長と大喧嘩してスタジオを辞めた直後だったことと、同じ広告の業界でスタジオスタッフとかち合うのも嫌だったので異業種が魅力的に思え、3度目の紹介をありがたくお受けした。

 先方の社長と紹介してくれた友人が親友であると知らされ、採用面接もいきなり社長面接とのことだった。お互いに都合の好い日曜日に面接が決まり、休日の会社に着くと2ドアのハイグレードなメルセデスが駐車場に斜めに停めてある。まさか社長の車か?と思ったらやっぱりそうだった。黒塗りの2ドアメルセデスに乗る経営者って、、、

 面接で初めてお会いした社長は、なんというかとても迫力のある見た目の紳士で、ただならぬ雰囲気をまとった方だった。紹介してくれた友人もかなり迫力がある見た目で、その奥様曰く「ゴルフに行く日の早朝に家の前でタバコを吸いながら雑談する二人は、側から見たらヤクザが密談してるようににしか見えない」とのことだ。

 実は前の紹介2件も同じ社長さんからのオファーだったそうだ。最初は写真屋、次に貸衣装屋、最後に結婚式場と計画がどんどん大きくなっていったらしい。この方は非常に仕事に厳しく、経営実務とお客様への対応能力が非常に高い、そして驚くほど公平で人情に篤い人だった。とても厳しく、とても強烈に仕事の教示をいただいた。物事に対する多面的な考察と慎重な準備、お客様への真摯な姿勢、わかりやすい経営方針と誰もが納得出来る評価基準など、その後の私の仕事の仕方、生き方の模範を示してくれた恩人だ。私を社会で生きていける様に訓練してくれた3人の恩人の一人でもある。

 機会があればこの会社での生活も書き残しておきたいと思う。


 話がだいぶ逸れたが、新たな職場である看板屋は式場のすぐそばにある。地方都市の市境ギリギリののどかな住宅地だ。式場に勤務していた時はほど近い社宅に住んでいたが、今度は自宅からの通勤だ。通勤時間は2時間ちょっと。

 事務所に入り、挨拶を済ませ、先輩方の自己紹介を受ける。まず社長。誘ってくださった営業部長の実兄だ。この社長と営業部長が営業担当。ヒラの営業社員はいない。ついでに社長と営業部長のデスクも無い。営業は外が職場だから、、、ということらしい。でもなぜか社長は市街地中央部の若手起業者向けレンタルオフィスにデスクひとつ分のスペースを借りて常駐している。この人のネタは笑えないものが多いから困る。

次に社長の奥様。社内での製作と経理担当で内勤のボスだ。昔は美容師をしていたそうで、時折プロのハサミの使い方などを教えてくれる。髪の専門家だけあってカツラを見抜くことには自信があるそうだ。基本的に真面目な人。

社長の実弟で営業部長のSさん。私を誘ってくれた人。アメリカの雑誌の日本駐在記者の経験があり、その時の取材対象だったジョッキーの武豊氏と音楽家のさだまさし氏とはマブダチとのことで、さだ氏をまっさんと呼ぶ。合衆国の永住権と社会保障番号を持っている。ネタの多い会社の中でダントツトップのネタメーカー。忙しそうでいつもパンパンに膨らんだTUMIのビジネスバッグを持ち歩いているが、仕事はあんまりしない。

社内ナンバー4の地位にありながら実質的に会社を動かす動力源、K制作部長。この人がいないと会社が動かないし仕事も入ってこない。営業担当の数十倍の仕事をとり、製作から施工までこなす最重要人物だ。下手なダジャレや古いギャグが得意技だ。

事務所の一番奥に居て、鋭く強い目チカラと「寄らば斬る」というような剣士の空気を放つKさん。後のF夫人。施工方法と看板材料の豊富な知識、サインディスプレイに特化したデザイン能力を持ったサインデザイナー。社内で唯一突っ込んだPCとMacの話が通じる人で、社内で唯一大型プリンターを扱える人。協力業者さんからの評価が非常に高い美形な人でもある。いつも生脚を出しているが、何か言われると怖いので見ないようにしている。

後に入社してくるムードメーカーのN君。放埓な見た目とあけすけな明るさが気持ち好い20代前半の若者。K氏を師匠と崇め、貪欲に吸収して今では一人親方として独立している。パチンコで大勝ちし、友人と居酒屋で豪遊した際「壁のメニューの端から順番に全部持ってきて」と豪語したものの、漬物と野菜ばっかり出てきて辟易したというエピソードを持つ。あだ名をつけるのが得意。

 この一連の記事は、この5人と、やっぱり濃い面々の業者さん達と過ごした約2年間のお話です。