いちいち工具を買ってくる

 社長は普段会社に居ない。普段は市街地にあるレンタルオフィスに居るらしい。若者起業者やSOHO向けの、デスクひとつ置いたスペースをパーテーションで囲って貸し出しているアレだ。従業員がいる会社の社長さんなんだし、そのスペースの空きがでるのを待ってる人いるんだから、会社に戻るなり他のちゃんとしたオフィスを借りるなりすればいいのにと思う。

 来るときは会社に電話をかけてきて、それから出社する。アポを取ってから来るのだ。あらかじめ用意しておいて欲しい書類や製作物を社内の者に伝え、それを受け取るなり早々に会社を後にする。あまり会社に長居をしない。そんな社長が長居をすることが稀にある。何か自分で作るときだ。

 近所のホームセンターで買い揃えてきた木材やパネル、釘やネジ類、金槌や電動ドリル、電動ドライバーを裏の作業場に持ち込んでなにか作り始める。釘やネジ類、工具なんか作業場に全部揃っているのに買ってくる。それも大安売りの長持ちしないちゃちな電動工具を選んでくる。それも毎回。おかげで作業場には、1回使っただけのおもちゃの様な電動工具が幾つも転がってる。どうせならHILTIとかFACOMでも買ってくれればいいのに。

 たいてい作るのは捨て看板数枚とか、講演会のステージ上に下げる横長パネルとか、市役所が何かイベントを開くときに使う簡単な看板だ。もちろんデザインや出力はKさんが行い、社長が木で枠を作る。見てくれが重要な場合はK部長が作る。社長が作るのは部材が目立たないか見えないときだけだ。

 そして社長がとってくるのは市役所がらみの仕事ばかり。それもほぼ無償で引き受けている様だ。役所の人って予算がついてないとすぐ「タダでやって」って簡単に言うもんな。でも社長は市役所から仕事を受けることを無上の喜びに感じているらしい。それをストローに、もっと大きな仕事を取る手がかりにするなんてことはしない。あくまで自分でできる範囲の仕事を受けているらしい。