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驚きの安さの理由とは!?

 100均で簡単な調理器具を揃え、入り口の棚にあったスノードームと、ついでにお菓子もカゴに放る。消費税があるから、1100円。こんなに買ってそんなもんか、とビニール袋(4円)に物を詰めながら思った。100均は世界中を探しても、日本だけの文化らしい。確か。テレビで見た。東南アジアの方からやってきた観光客が、100均で買い物かごに大量の物を放り込んでいた。その汗水垂らしてスタッフが撮影したVTRを、タレントがカラフルなスタジオからへえ、とかほお、とか、わざとらしく反応する。それが日本に誇れる文化だ、というテーマなのだろうか、大げさに当てられた日本語のアテレコが本当に買い物客の言葉を訳しているのか、いつも疑ってしまう。
 一時期のテレビは海外の人が日本の文化に驚いたり、ハマったり、職人の伝統を受け継いだりする番組が流行ってたような気がする。それでこれが自分たちの国だと言わんばかりの番組の態度の横暴さ。今のテレビ番組はどうなっているだろう。

 ビニール袋を提げ、薬局の前を通り、天やを通り、マクドナルドを過ぎ、コンビニの前を通って、信号を待った。目の前、ユニクロの軽くてスリムなのに暖かいが売りのダウンジャケットを着た女が信号を待っていた。女が乗っている自転車は前に籠がついて、後ろは小さな子が乗れる椅子になっている。信号待ちの僕らの前の、横断歩道の途中で、黒光りした高級車が音を立てずに止まった。車道は渋滞していたから、中途半端なところで止まってしまったのだろう。車内にはビシッとしたジャケットを着た中年の男が苛ついているように見えた。ハンドルを握る手の、腕時計がちらちらと輝いていた。彼の貧乏のせいだと思った。歩道の信号が変わると、女がふらふらと自転車を漕ぎ、車の間を抜けていった。

 しばらく歩くと薬局がある。特価だという張り紙には数字が大きく赤いフォントで描かれている。赤さは購買意欲でも高まるのだろうか。そういえば、お菓子メーカーのロゴを並べた画面がテレビに映った時、真っ赤だな、と思ったのを思い出した。赤さはそういう色だ。人の欲望を駆り立てる。青の落ち着きや、さわやかさより、白の純粋さや毒より、黒の無や希望より。赤は情熱というより、下心の色。欲望と快楽、本能の色だと思う。

 部屋に戻って、口の中が気持ち悪かった。昼に食べた物(なんだったかは忘れた)が残っているのか、違和感があって、歯を磨いた。強く擦ってはいないのに、吐いた唾液から奥歯から血が出た。痛くはない血。白い歯磨き粉と混ざった。少し美味しそうに見えた。その薄くなった赤さの方が、僕の身体に流れている色のような気がした。ポッピーな血液。子どもに人気がありそうな血液。キャラクターの血液。僕の身体は知らぬ間に、他人の欲望と金の血液が通っている。血液クレンジング。
 排水溝に流れていく血が、薬局で見たチラシの99円の色と同じだった。

 その夜、どこだかの服を安く大量に作っている工場が、アジアの国に点々と拠点を移している、という番組を見た。昔は中国やフィリピンなどだったが、今も点々と移動し続けているらしい。バングラデシュが最後の砦と言われていて、そこより人件費が安いところはないためだった。人件費が安い国で大量に生産させることで、日本では安くて大量の製品が作られていたのだが、これ以上人件費が安くならない、ということがわかれば、これからはそれも保てなくなるかもしれない、とのことだった。タレントが、じゃあこれから大変ですねえ、と言っていたと思う。僕らが物を安く買う時、考えられないくらい少ない人件費で人が働いていることを想像していただろうか。毎日10時間だか12時間、工場の不完備な施設の中で手を動かしている彼等のことを。安くなることにも理由があるのだった。それ以来、値下げしていく新商品を見るたび、それがラッキーだと思って買うことが僕にはできなくなってしまった。
 100均で買ったスノードームを袋から出して飾った。ガラスと土台の隙間は接着剤が固まって、でこぼこしている。これも、どこかの国の人か、はたまた日本であっても、これを110円で売るために作った人がいる。ドームをぐるぐると回すと、ちらちらと雪が輝いた。雪が降る中を、顔のついた雪だるまが、寂しそうに手を振っていた。作った人の顔が彼の目に映っていたような気がした。

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