アイコ

ドアを開けて喧騒から隔離されると、尿意が一気に叫び出し、大便器に終わる気のしない量を放出する。はあ、と思わず声が出たのは、我慢していた尿が出たからだけだっただろうか。水を出すたびに、頭はまたゆっくりと覚め始め、天井からはaikoが毎日の幸せな日々について語るように歌っているのが聞こえてきた。それで僕は今放尿していることが恥ずかしくなったけれど、尿は垂れ流れ続け、急に止めることもできなかったから、どんどん恥ずかしくなって、顔が赤くなった。それも酒のせいだったかもしれないが。

ようやく出し切って、ドアを開けようと、ノブに手を伸ばしたら、こちら側にドアが開いたので、頭をぶつけた。すると、スーツを着たベロンベロンの女が入ってきた。顔は赤いというより、青かった気がする。僕はいたっ、と言っても、痛くなかったが、ドアを開けて、彼女と入れ替わり外に出た。ドアを後ろ手に閉めると、後ろ側で、便器に溜まった水に、濁流が流れ混む音、それと女が呻く声が聞こえた。僕ははあ、と一息、先に戻った。居酒屋の廊下を歩きながら、耳には、喧騒の奥のaikoが薄ら聞こえた。女がぶちまけているあのトイレにも、aikoが日常を歌っているんだと思うと、少し人に優しく生きようと思った。が、席に着いたら、それも忘れていた。

ようやく解放され、引きつった笑顔がふくらはぎをつったみたいに固まっていた。自分でない誰かの顔みたいな、人の顔が描かれたみたいに見える石を思い出した。

ガラガラの電車にのって帰る。それでも何人かは乗ってきて、車内は一人ずつ間隔を開けて、綺麗に座ったし、肌寒いからか、みんな暗めの服をきていた、なんとなくピアノの黒鍵を思った。にもかかわらず、駅でやってきた男がきょろきょろし、わざわざ隣に座った。座って、自分の靴を眺め、紐やらを直す、納得いかずに完成した紐を解いて、また結び直した。ようやく顔をあげたかと思うと、足を伸ばして、靴を眺め、再び靴紐を結んだので、思わずため息が出た。電車は進み、人が降りていったにもかかわらず、彼はずっと隣で靴紐を結んでいる。コントでもやってるんだろうかと思った。僕が向かいの、壁際に移動したら着いてきて隣でまた靴紐を結ぶんじゃないかと思ったので、怖くなった。また靴紐を結び始めたので、僕は鼻糞を弾くって、彼に指で弾いて飛ばした。鼻糞は弧を描いたが、靴には届かず、後頭部に着いた。思わず引っ叩たきたくなったが、イヤホンから流れるaikoがロマンチックに嫉妬してたので、躊躇った。それで彼が降りようとしてたので、慌てて鼻糞をほじくって、降りる寸前に飛ばしたら、多分どこかについて、それが靴だったらいいのに、と思いながら、イヤホンの電源を切った。aikoのいない世界は思った以上に静かだった。

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