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推し天体に出逢えた

冬の星空。
東の方角を見上げれば誰もがよく知る星座であるオリオン座が見えます。
そして僕は今、そのオリオン座ではなくそこから少し右下あたりの暗闇を見つめていました。
そこには『エリダヌス座』という星座があります。ギリシャ神話におけるエリダヌス川を元にした、大きな大きな星座です。
しかしエリダヌス座は、星座を構成する恒星の中に目立つ明るさを持つものはなにひとつ無い、そこに星座があることにすら気づきもしないような領域です。
僕はそのエリダヌス座の中にあるとある銀河、『エリダヌス座棒渦巻銀河NGC1300』を狙いました。
非常にマイナーな銀河です。メシエカタログという主要な天体のリストにも載っていません。
ですが、僕の“推し天体”なのです。
なぜ推しなのかもわかりません。どこが好きなのかと訊かれても答えられません。しかし推しなのです。図鑑の写真を見ると心がときめくのです。
小学2年生の頃の日記の表紙に、NGC1300の絵を描いていました。絵の下には、ご丁寧に『エリダヌス座棒渦巻銀河NGC1300』と書いてあります。完全に変人の類いです。
学校の先生は「?」だったろうと思います。たぶん親も「?」だったろうと思います。
この銀河は大変暗く、実視等級は10等級以下。(人間が肉眼でギリギリ見える芥子粒のような6等星の、0.025倍の明るさ)そんじょそこいらの望遠鏡を使ったところでロクに観ることはできない天体です。しかし、幼い頃から僕の心の裏側の隅にこの天体への憧れが残り続け、それが今になって急に蘇りました。
その理由は、冷却CMOSカメラが手に入ったことです。
昨今の天体業界は目覚ましい発展を遂げ、デジタル処理をした画像データをiPadに送信し続け、人間の眼では見られないような鮮やかな世界をさながらライブ中継のように映し出すことができるのです。それが可能になり、その機器を触ることが許される立場になった今、胸の奥深くでくすぶっていた想いに再び火が点りました。この目で見たい。小学生の頃に絵を描きすらした、あの憧れに会いたい。
僕はなるべく綺麗に撮影できるように、できる限りのことをしました。
彼女を美しく撮影するためにできることは惜しみませんでした。
夜露が出にくい日がくるまで待ちました。
日が沈み、暗闇が完成する『天文薄明』を待ちました。
どうしても入ってしまうノイズのみを事前に除去できる『ダークノイズ処理』を行いました。
レンズが曇らないように『レンズヒーター』を用意しました。
これはもう憧れではなく恋でした。
人生で一度も、自分の手で観たことのない愛しいひと。
事前準備を終え、電視観望機器にスイッチが入ります。
彼女から放たれた光が6100万年もの旅をして、ようやく終着点である僕のもとへ、冷却CMOSカメラへと取り込まれていきます。
30秒間隔で撮影を続けるライブスタックが作動し、
iPadの画面右下では、画像処理のプログレスバーが満ちていき、
身体がぶるりと震えました。
映し出される予定の画面から目が離せません。
そして、画面が切り替わり……

エリダヌス座棒渦巻銀河、NGC1300



現れました。
自然と涙が浮かび、鼻の奥がじんと痛くなりました。
この画像の真ん中の白くてよくわからないものがNGC1300です。
僕の恋心は激しく燃え上がりました。両手でiPadを持ち上げて空へと掲げ、感激に浸りました。
拡大率の低い小型望遠鏡を通した撮像は、真ん中の銀河を小さく映しました。小さい。なのに愛おしい。
図鑑で見た、ハッブル宇宙望遠鏡だかジェームズウェッブ宇宙望遠鏡だかで撮られたド美しいNGC1300とは違いますが、これは僕が撮りました。
ようやく会えたね。

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