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海の向こうであずきを煮ると。

お嫁さんの気持ちになって考えてみた。果たして私は役に立っているのだろうかと。直接質問したら助かってると答えるに決まっている。結婚して間もないけど、頭の良い分別のあるお嫁さんだから。

その彼女を小さい頃から知っている一人として、またすでに赤ちゃんを持つ1人の母親としても、尊敬しているつもりだった。

それなのに、私は、何かの拍子に、赤ちゃん目線でお母さんをおっぱい製造機と表現してしまった。同じ言葉を繰り返していたから、お嫁さんに聞こえていたような気がする。こういうことが気になり出すと止まらない。

その瞬間にごめんなさい。変なこと言っちゃったとか言ってしまえばよかったんだけど、タイミングを逃すとも後戻りはできない。

息子が作ったあんかけ焼きそばの餡

以前の7 DKの家では、教会の子供たちを持つお母さんと子供たちと一緒に集まって食事をすることもあった。長男の子はお産で世話をすることはなかったので、教会の子供たちを抱いてゲップを出す仕草をしていたら、心の声が飛び出てしまったんだろう。赤ちゃんのお母さんが「ゲップはもう出た」とつぶやいた。

もちろんわたしは、ゲップを出さなかったことを咎めているわけでもないし、出したことを知っていてやったわけでもない。だけどそういう些細なことが、強そうに見える母親の心に小さなヒビを入れていくのかなと思った。

だから自分の言ったことがすごく気になるのだ。

お姑さんに精神的な支えを求めるお嫁さんはいないだろう。求められても、お互いにうまくできないかもしれない。私自身、気がつくことは気がつくし、指摘はできるけど、それをしていいのか、あっているかどうかもわからない。その人のやり方を理解してほっておくというのが1番なんだけど、とにかく何かできないかと思ってしまう私。

息子にも来た時から僕の世話をしなくていいと言われているのに、つい声をかけてしまう。でもなんか寂しい。還暦過ぎて息子にもう少し優しい言葉を掛けて欲しいなんてぜいたくなんだろうか。

エルサレムストーンの?石畳

考えてみたら、息子は夫にとてもよく似ている。これはお嫁さんは大変かもしれない。細かいことによく気がつき余計なことを言うと嫌がる。誰よりも奥さんを大事にしてくれるけど、若い時は自分なりの家庭に対するポリシーを持っていて、(私のことは尊重してくれたけど)自分のことは自分でするタイプ。

この息子と、一緒にいてくれるお嫁さんには感謝しかない。

海の向こうで、小豆を煮ながら日本に帰ってからのことを考え始めた。これからも頼られたら受け止めよう、それしかないのだと。

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