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キプチョゲがやっていた遅いインターバルを紐解いてみる

Twitterで見かけたとある日にキプチョゲがやっていたインターバル。めちゃくちゃキツそうなメニュー…と思いつつ、なにか参考になりそうな気がしたので紐解いてみました。

実は遅いインターバルだった

このツイートで紹介されていたメニューはこちら。疾走区間が合計16km。1600m 4:40の1km換算は2:55。400m 1:04の1km換算は2:40。一般的な市民ランナーからしたら「めちゃくちゃ速いわ…しかもこの距離…」となるわけです。

キプチョゲの設定
8x1600m in 4:40 (2min rest) 疾走区間12.8km
8x400m in 63-64 (30-50-second rest) 疾走区間3.2km

が、この練習をしてるのは世界記録2:01:39(ベルリン,2018)を持つエリウド・キプチョゲ。この世界記録でVDOTを計算すると84.7!にも達し、
Mペース 2:52 / Tペース  2:46 / Iペース 2:33
となります。日常のトレーニングサイクルの中のとある日の練習という程度ですのでVDOTを多少割り引いて考えてみると、先程のメニューはMペースと10kmレースペースでのインターバルということになり、実は遅いインターバルだったということがわかってきます。
(もともと冒頭のツイートを見掛けたのはSushimanさんがキプチョゲのワークアウト全体を詳しく考察されているnoteからでした)

遅いインターバルで得られる効果

インターバルといえばIペースの1000m×5本でVO2Maxの向上を狙うというものが最もポピュラーですが、フルマラソンのトレーニングで重要なのはVO2Maxへの刺激だけではありません。
また、乳酸性作業閾値の向上のためのTペース20分間走(4000〜6000m程度)もよく行われていると思いますし、このTペース走を分割して行うクルーズインターバルという練習手法もあります。
(こちらはハシルコトの記事を参考にさせて頂いています)

しかし、先程のインターバル(私は勝手にキプチョゲ式インターバルと呼んでいます)のロング部分はTペースよりも遅く、ともするとあまり練習効果が高くないように思われるかも知れません。
Tペースは血中乳酸濃度が4mmol/lになる点で、LT2やOBLAとも呼ばれています。Tペース(LT2,OBLA)はフルマラソンの走力向上に極めて相関性は高いものの、十分にピーキングすれば60分程度維持できるペースとされており、 逆に言えば十分にピーキングしても60分程度しか維持できないペースということになります。

実際にフルマラソンを走る時のMペースは血中乳酸濃度が2mmol/lになる点(LT1)の前後とされており、Mペース走によりこのLT1への刺激時間を伸ばしていくことは、フルマラソンにとって特異性の高い練習で、血中乳酸濃度2mmol/l程度での乳酸シャトル能力を高める効果を期待できるものだと思います。

ショート部分の10kmレースペースも、Iペースほど速くなく、VO2Maxへの刺激を最大に確保できるものではありません。ですが、このメニューの場合はMペースでしっかり走った後に10kmレースペースの(CVペースより速い!)インターバルが来ます。LT2と(限定的にはなりますが)VO2Maxでの運動生理学的な効果を獲得しつつ、それなりにキツさもある状態になるので、終盤のメンタルも鍛える上でも役立ちそうです。

(これらについてはRUN-LINEさんのnoteや下記のブログ記事が詳しく参考になります)

なぜ遅いインターバルを取り入れるのか

インターバルをやるならIペースにした方がVO2Maxに刺激を入れられて効果が高いんじゃないの?乳酸シャトル能力の向上が目的ならLT2に刺激を入れられるTペース走の方が効率的なのでは?というお考えもあると思いますし、それはその通りです。
しかしマラソントレーニングは継続性が極めて重要です。継続的に実施できるもので、かつそれなりの練習効果を期待できるものであれば、そのメニュー(または1週間単位のメニューセット)に取り組む意義は非常に高いと考えています。

例えば、熱心に練習されている方ですと
週3ポイント練習
・水曜 Tペース走
・土曜 VO2Maxインターバル(5本×1000m)
・日曜 ロング走
とされているようなケースはよくあると思いますが、これはかなり高強度の組み合わせになってきます。トレーニングの過渡期には取り組めたとしても、それが長期化してくると故障に繋がるようなリスクになる可能性もあります。そうした際に、Tペース走やVO2Maxインターバルをこうした遅いインターバルに組み替えると、週2.5ポイント練習のような形で総負荷を抑えられトレーニングの継続性を確保していくことができます。
また、オフシーズンや基礎構築期などポイント練習自体をほとんどやらない時期でも、走力維持のために遅いインターバルだけは残しておくという使い方もあると思います。

市民ランナーレベル(サブ3.5/サブ3/サブ45)に置き換えてみる

キプチョゲの設定のままでは市民ランナーがそのまま真似をすることはできませんので、それぞれサブ3.5/サブ3/サブ45での設定に置き換えてみます。

(再掲)キプチョゲの設定
8x1600m in 4:40 (2min rest) 疾走区間12.8km
8x400m in 63-64 (30-50-second rest) 疾走区間3.2km

設定ペースの変更

下記では、それぞれのVDOTから計算して、設定ペースを変更してみました。これで少し現実的なイメージに見えてくるかも知れませんが、やっぱりハードそうだよね?という感覚もあるかなと思います。

サブ3.5の場合
8x1600m in 7:55 (r=400mジョグ)
8x  400m in 1:49 (r=200mジョグ)

サブ3の場合
8x1600m in 6:48 (r=400mジョグ)
8x  400m in 1:33 (r=200mジョグ)

サブ45の場合
8x1600m in 6:13 (r=400mジョグ)
8x  400m in 1:25 (r=200mジョグ)

設定ペース&設定本数の変更

先程は設定ペースのみ変更しましたが、今度は設定本数も見直してみます。キプチョゲの設定ではどちらも8本でMペース(=LT1)を12.6km、10kmレースペース(=LT2)を3.2kmやっています。
ですが、これを距離ではなくて時間で捉えるとMペース(=LT1)が37分20秒、10kmレースペース(=LT2)が8分30秒になります。それぞれこの時間だけの刺激を確保できれば、キプチョゲにとっての強度に近い強度での練習メニューになってきます。
多少のずれはありますが、具体的には下記の通りになります。これなら、普通にやれそう!という感覚になる方も多いかと思います。

サブ3.5の場合
5x1600m in 7:55 (r=400mジョグ) 39分35秒
5x  400m in 1:49 (r=200mジョグ)   9分  5秒

サブ3の場合
6x1600m in 6:48 (r=400mジョグ) 40分48秒
6x  400m in 1:33 (r=200mジョグ)   9分18秒

サブ45の場合
6x1600m in 6:13 (r=400mジョグ) 37分18秒
6x  400m in 1:25 (r=200mジョグ)   8分30秒

実際に3週間やってみた

私の場合はサブ50目標ですが、その他の距離のタイムや練習メニューの消化状況から判断してVDOT60.0を目安にトレーニングをしています。具体的なメニューの中身は

2km      ウォームアップジョグ
15.6km メイン練習

 →6x1600m in 6:10 (r=400mジョグ) 37分00秒
 →6x  400m in 1:25 (r=200mジョグ)   8分30秒
2.4km   モデレート(MペースとEペース上限の間で余裕を持って走れるペース)

総合計 20.0km

という感じです。実際に3週連続でやってみた結果は…

11月10日
1600m=平均6:04 / 400m=平均1:21
11月17日
1600m=平均6:03 / 400m=平均1:20
11月23日
1600m=平均6:02 / 400m=平均1:19

キプチョゲ式インターバルは1週間のメニューセットの総負荷を抑えつつ、LT1とLT2への刺激をそれぞれ確保していけるメニューです!とここまで散々書いておきながら、3週とも全体的に突っ込みがちで、LT2寄りとVO2Maxに刺激を入れる高強度練習になってしまいました(ので、非常に高い練習効果があったと感じています…)。
本来の設定ペースでの実証も機会を改めてトライしていきたいと思います。週単位の総負荷管理も目的の一つになりますので、設定本数&総距離を減らしたり、最後のモデレート(試した時は4:10〜4:20で走っていました)のところもEペースやクールダウンジョグにしてもいいかも知れないです。

おわりに

IペースやTペースは非常に運動生理学的効果の高いメニューですが、トレーニングの継続性や週単位の総負荷を考える場合には、キプチョゲ式インターバルようなもう少し遅いペースのメニューを持っておくことで、選択の幅が広がってきます。

また、ペースを遅くしても練習効果が全く得られなくなるわけではなく、持久力+LT1+LT2+VO2Maxというフルマラソンに必要な能力を少しずつ満遍なく鍛えることができます。

そして、例えばサブ3目標のランナーで、4:15/kmペースで10〜15kmを普段の練習の中で走り通すのはまだ不安が大きい、心理的ハードルが高いというような場合です。そうしたランナーが実際のVDOTより少し上の目標Mペースを自分のものにしていく過程でも、このキプチョゲ式インターバルは役立つと思っています。

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