サザンオールスターズのライブへ
先週末、サザンオールスターズのライブに行ってきた。
私はサザンのライブに行ったこともなければ、曲を聴いたこともあまりなかったのだが、運良くチケットが当たり、ライブに行くことになった。となれば、予習をしなければならないので、サザンの曲を浴びる生活が始まった。ただ、漠然と曲を聴くだけでは面白くないので、メンバーである原由子さんのご実家が経営されている天ぷら屋に行ったり、関連図書を片っ端から取り寄せて読み漁ったりした。
一通りこれらの本を読んでみると、「文は人なり」が「文章が人柄を表す」を意味するどころではなく、「文は人そのもの」だと思った。それだけこれらの本では桑田さんの思想・行動様式が丸裸になっている。
具体的には、ビートルズかっけえ、受験はそれなりに成功した、昔あの女の子と××なことをした、とか世のオジサンがよく言っているような普通のことを手を替え品を替え綴っている。でも、それが面白い。ありきたりな話って何だかんだ人を惹きつけるんだなと。
そして桑田さんがスゴイところは、そのありきたりな話を名曲に昇華させるところだと思う。
名曲の条件には歌詞のスゴさが欠かせないが、パッと思いつく限りでもこれらにはいつも痺れる。
・「高気圧はVENUS達の交差点」(「太陽は罪な奴」)
・「芥川龍之介がスライを聴いて "お歌が上手"とほざいたと言う」(「マンピーのG★スポット」)
・「まだ離れたくない 早く去かなくちゃ 夜明けと共にこの首筋に夢の跡」(「LOVE AFFAIR〜秘密のデート」)
桑田さん自身、その著作の中で創作は模倣なしにはあり得ないと言っているが、それが嘘かのように、何かを参考にしたとは思えない独創的な歌詞だ。ライブを聴きながら何度膝を打ちたくなったことか…。
歌というのは不思議なもので、何度か聴くと歌詞がすっと、ずっと心に、時には肉体に棲みつく。この桑田さんが作り出した唯一無二の世界観は、CDの売上枚数にも表れている通り、多くの日本人に共有されるようになった。例えば、普段女性器の話をしようものなら変な目で見られるのがオチだが、「マンピー」は合法化された共通語になっている。ライブにいけば、老若男女問わず「マンピー」と言っている。私が昔好きだった清楚系の女の子もライブに行っていたのだが、その子も…(すみません)。普通に考えて、これはスゴいことでは…?音楽がもたらす狂気とも言えるか。
最近の社会は表現が制限されていて息苦しいし、このような社会通念を少しズラすサザンの姿勢は素晴らしいと思う(特に、この時代に「女呼んでブギ」をライブで歌ったのは意義深い!)
とにかく全体通してライブ自体は大変楽しく、すっかりサザンのファンになってしまった。今回予習して覚えた曲とライブの記憶が結びついたのは今後人生の財産になることは間違いないし、カラオケのレパートリーが増えたのも大きな副産物。
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