およぐ

浅瀬からやがて沖へ出る
その下にはまだまだ知らない場所があるから
もうすこし潜ってみる
そのうち深海 まわりには光が届かない
水圧にあわせるようにゆっくりと身体をうごかして
ふかく息ができるようになる
どこにも線はない 見渡すかぎりを泳いでいける
急がずにおよいでいく
そこらじゅうに食べものがあってあきることがない
はじめて食べるものばかりで楽しいんだ
一年 二年 三年と過ごす
届かない光に身体がなれてきて目がかすむけど
だからといって たべるのに困るわけじゃない
ヒレを動かせばいくらでも新しい場所に出会った
声を出さないから声帯がなくなった
合図を出す必要はない 声はいつも頭の中に満ちている
一〇年 一五年 過ごす
筋力がおちて あまり遠くへいけなくなる
このあたりはほとんど知っている場所だから
いくまでもないけど すこしは身体を動かしたほうがいいだろう
広い海をゆっくり回っていく
ときどき乱れる潮の流れには気をつけたほうがいい
何年か前に 気を失って流されているさかなをみた
きっとそのままあの世へいったことだろう
二〇年 過ぎる
たぶん ずいぶん前からそうだったのだけど
遊覧潜水艦がたくさんのひとをのせてこのあたりを回っている
気づかないふりをしていたけど
時間をもてあましているからちょっと近くへ寄っていこう
ちょっとした好奇心だ
こうこうと光をはなって海を割っていく潜水艦
ガラス張りになった船首にはたくさんのひとが乗っていた
光が目に入ってずきずきといたい
何年ぶりだ すこしくらい視力が残っていたみたいだ
ぼんやりと全体が浮かび上がる
そういえば と思い出す
自分だって海にはいるまえはあっち側にいたんだ
いろんなひとたちとわいわい話したり働いたりしていた
なつかしい なつかしい
海水を伝って みんなの話し声がきこえてくる
笑い声がわきあがった こころのそこからたのしそうだ
気がつくと そっちにも むこうにも 潜水艦があった
どれもたくさんのひとがいて わらったり くすくすしていたり
おこったり ないたり あいをささやいたりしていた

それで
おどろいてうれしくなって あそこにいないことがさびしくなって
かなしくなって わんわんなく
たくさんないたら 海水の塩分が1%あがった
海水の塩分が1%もあがるなんてすごいことだ
それでいいんだ
それでいい
およぐ むねをはって

およぐ

いただいたサポートは、活動のために反映させていただきます。 どうぞよろしくお願いいたします。 ほそかわようへい/演劇カンパニー ほろびて 主宰/劇作、演出/俳優/アニメライター