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記憶の落とし物③



※盛大なるフィクションです



なに?
何の真似、、、?


至近距離でじっと見つめてくる大樹に自分の胸の鼓動が聞こえてしまいそうで、私は胸の前で組んだ指にギュッと力を入れた。


すると


「あのさ…明石家島への定期船、間に合わないかも…」


と、大樹はボソッと呟き、バツの悪そうな表情で下唇を噛んだ。


ん?…定期船?

朝逃してしまった一日2便の定期船。
夕方のもう1便に乗れないって事!?


「ウソ!!!」

ビックリして飛び起きると、私の上に居た大樹とおでこ同士ゴッチーーンとぶつかってしまい、お互いに額に手を当ててうずくまった。


「痛ぇーー…てか、わりぃ、、、気持ち良くてつい寝ちまってた」

目を細めながら申し訳なさそうに謝る大樹がいじらしかった。



「ううん、、、私も一緒になって寝ちゃってたから…気にしないで」


ふと見ると、微かに揺れる水平線を境に甘いオレンジと澄んだペールブルーが溶け合うような柔らかい夕方が降りて来ていた。

いつの間にか南国の日没が近づいているようだ。


何だかんだで2人で軽く3時間以上寝てたみたい汗
暢気なような間抜けなような…私はちょっとおかしくなって笑ってしまいそうだった。


図らずも予定が狂ってしまったことに、少し安心したからかもしれない。

あちらの島へ渡る為にわざわざ調べてやって来たくせに。




「お前さ、あっちのどこの民宿に泊まる予定だったの?」

「えっと、、、何かカタカナの名前で…」

「おっけ」


と言うと、大樹は慣れない手つきでスマホをいじり、何処かへ電話をした。

「あ、もっし!重太じぃ?おつでーーす!俺、大樹だけど。今日そっち行く予定だったカワイ子ちゃん1名、こっちで預かったからよろたのーー!」


電話を切った大樹は、こちらを見て


「大丈夫、心配いらねぇからな!」


と顔じゅう皺くちゃにして二カッと笑った。





ダイジョウブ。シンパイイラナイ。





ごく普通の言葉なのに。

今の私にはとても胸に沁みた。

うっかり涙が出そうになってしまった。




ずっとそんな風に、誰かに言ってもらいたかったのかもしれない。







***






来た道のりを戻ると、辺りはすっかり夜の形相になっていた。
大樹が軽トラを横付けしたのは、窓に特徴のあるこぢんまりとした居酒屋だった。



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「俺が働いてるの、この居酒屋なんだけど、ここでメシ食ってってくれよ。お前の泊まるホテルのすぐ近くなんだ」
と、大樹は言った。


「いらっしゃいませ~~!『りん亭』にようこそ~~!おぉ!かねち可愛い子連れてきたやん!」

と言っていそいそと出て来たのは、紺色の作務衣を着た茶髪でピアスのガタイの良いチャラそうな男性だった。


「これでもこの人、ここの店長ね!」
と、ニコニコしながら応える大樹。

「張り切って腕振るっちゃうよーーー♡」
という店長と楽しそうに話をしていて、大樹とは仲が良さそうだった。



店内には若そうなカップルが2~3組滞在していて、とても仲良さげに肩を寄せながらこの時間を楽しんでいた。


ポップな曲が流れる清潔で明るい店内、ノリが良くて面白そうなチャラ店長さん。

地元の若い人たちが好んで訪れる場所なのかな?と思って周りを見渡していると、隅の方にミニチュアの鳥居の模型?が置いてあり、その前には何か薄ピンクのものが山積みにされていた。



「あ、あれ気になっちゃった?ちょっと見てみる?」

と、りんたろーさん、と言われていた店長さんが私の視線の先に気づき、おいでおいでと手招きして見せてくれたのは、今にも零れ落ちそうな位の沢山の貝殻だった。


合わせ貝?になっていて、良く見ると貝の内側にはマジックで1枚に1人ずつ(カップルかな?)名前が書かれていた。



「この辺りの海岸でよく拾われる二枚貝の一種で、通称『恋貝』って言うんだけど、片側だけじゃダメでね。ちゃんと二枚繋がってるものじゃないといけないんだ。それをカップルで見つけてきて、裏側に自分たちの名前をそれぞれ書くの。で、それを俺んとこの神社wに置くと一生結ばれるって話でさ。いつのまにかこの小さな鳥居が、恋愛成就の神様みたいになっちゃったんだよねぇ!」

と、りん亭の店長は優しい口調で丁寧に、この貝殻の由来を教えてくれた。


「なんだかロマンチックですね。」
と、何の気なしに言うと、大樹が

「本当は、明石家島の果ての海に二人で投げ入れると良いらしいけど、最近はあんま行く人も居ねぇみたいだから。誰が始めたのかわかんねぇけど、りんたろーさんのこの鳥居に納めるようになったってワケ」

と、天井を見上げながら


「て言うか、まぁ俺は神様なんて信じねぇけどな。」


と、低い声で淡々と言った。



この辺りの情報をググった時には、そんなこと出てこなかったなぁ…

それより…
明石家島の別の伝説の方が有名だと思うけど…



いい具合に混んできたお店で、美味しいお酒とお料理を頂きながら、カウンターの向こう側で楽しそうに談笑しながら働く店長と大樹をぼんやり眺めながら考えていた。



この沢山の貝殻に、沢山の恋人たちの切なる想いが詰まってるんだろうか。

その中でも、いったいどれだけのカップルが永遠の愛を手に入れられたんだろうか。




この人と、一生離れない。




好きになれば、皆最初はそう思う。

なのに、いつしかすれ違い、想いも薄れ、お互い別々の道をゆく。





一生って、永遠って、なんなんだろう。





暗い夢の淵へ堕ちていくような沈んだ気持ちになりかけた時、ふと視線を感じて顔を上げると、大樹と目が合った。

彼は何ともいえない、静かで穏やかな瞳で私を真っ直ぐに見つめ返し、


「食ってるか?たくさん食って元気出せよ」

と言って、優しく微笑んだ。


今日1日しか一緒に過ごしてないけれど、大樹は最初に港で出会った時の無骨なイメージとは、実際は全然違うってことに気づいた。


少年っぽくて野性的かと思えば、ふわっとしてて柔らかくて万物に優しい。

それでいて妙に現実を悟っている達観した感じ。



よく解らない人だな…








***







夜も深くなり、お客さん達がチラホラ帰り始めた頃、店長が

「かねち、ここはもういいから、彼女をホテルに送ってってあげたら?」

と気遣ってくれた。



「ありやーーす!よし、じゃぁ行くか。」

と、大樹はエプロンを外しながら言って、私をお店の出口へと促した。



大樹が連れて来てくれたのは、りん亭からも程近い2階建てのこぢんまりしたホテルだった。


慣れた風にホテルに入り、フロントから小さな鍵を取り出してから、

「話はしてあっから。今夜はここに泊まればいいよ。」
と言って、おずおずと私の手を取り、そのキーを掌に握らせた。



「ありがとう。…大樹は?」

「んーー今夜はりんたろーさんとこで明日の仕込みの手伝いしながら泊まらせてもらうわ」

「そっか…わかった…」



ひと気のないホテルの狭い廊下で、私たちはお互いに無言で向き合って立っていた。

ジージー、と古い蛍光灯の震える音だけが、大樹と私の空間に奇妙に響いていた。





ーーー部屋、寄っていく…?





て言うのも何だか軽い女みたいで気が引ける。


でも、何だかこれでお別れのような、もう大樹と会えないような気がして。


まだ明日の事も何も決めてないのに…



というか、私、明石家島へ行く気がなくなってきてる?



ふっと視線を上げると、大樹の薄茶色の綺麗な瞳が、じーーっと食い入るようにこっちを見ていた。



まただ。



射抜くように、見透かすように、私の中を凝視してくる。



その穢れのない真っ直ぐな視線に、私は耐えられないんだ。




「、、今日は、あ、ありがとう。お疲れ様、おやすみ!」

私は弾かれるように大樹に背を向け、慌てて部屋のドアを開け、即座にピシャッと閉めた。

彼の前に、何の意志もなくつっ立っていられなかったの。



ハーーーーー…と深いため息をついてドアを背にズルズルとその場にしゃがみこんだ。

しばらくそのまま目を閉じていると、床に置いた自分の手に、小さな違和感を感じた。



見ると、何と、やどかりが!



砂にまみれて、私の手の甲を横切っている!!

何かの拍子に、私の鞄かカーディガンかに入ってきてて、知らずに連れて来ちゃったのかな…

何処から出てきたんだろう?


怖いわけではなかったが、驚いて小さい悲鳴をあげてしまった。


すると、

「おいっ!どした!?」

と、扉の外側から大樹の慌てたような声が聴こえてきた。





え、まだそこに居たの?





「何だよ!」

「ううん…あの、やどかり連れてきちゃったみたいで、、、」

「え!?」

「だから、やどかりがここに…あ、でも洗面所にでも入れておくから、大丈夫」

「何言ってんだよ。真水入れる気じゃねぇだろうな。そいつ死ぬぞ」


扉を挟んでやりとりをしていることに痺れをきらした大樹は

「あーーもう面倒くせぇなぁ!」

と大声で乱暴に言って、でも慎重にそうっとドアを開けて床のやどかりを捕まえると、



「海に戻しに行くぞ。一緒に来い」



と言って、私の手首を掴んで引いた。





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