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記憶の落とし物②



※盛大なるフィクションです





激しい振動がお尻から伝わってくるクラッシックな軽トラ。

座席の窓を全開にして右肘を窓枠に預け、機嫌よく鼻歌を歌う大樹という青年。

私は所在なく肩を窄めて助手席に座り、視線だけ窓の外を見ていた。


長閑な山あいの道を、そんなに早くもないスピードで走る。

彼、容姿の割には(失礼)丁寧で安全な運転だわ…
運転って人柄が出るものね。


「…何処に行くんですか…?」
私は、小さな声で尋ねた。

「観光でこっち来たんだろ?俺に任せときゃイイから!」
と大樹はこちらに向き直ってニカッと笑い、私の目の前にグーサインを突き出した。



軽トラの揺れに身を任せていると、ざわざわと濃い緑が大きく揺れ、徐々に木々が深くなってきた。
道幅も少しずつ狭くなっていき、やがて軽トラは突き当たりの小さな砂利部分に静かに停まった。


「この辺り道狭いからチャリで行くぞ。これの後ろ乗って」
と言って、脇に停めてある少々錆びついた自転車を指差した。

「え、これに二人乗り!?大丈夫ですか!?」

「何か問題ある?イヤならずっとここに居てもいいんだぜ」
と、意地悪そうに薄く笑う。


ちょっと…
知らない土地のこんな山奥で放っておかれても…

荷物を置いて行くのは抵抗があったけど、貴重品の入ったLespoの青いショルダーだけを持ってトラックを降り、私はおずおずと自転車後部に跨った。


すると、前に乗った大樹にふいに両腕をグイッと持っていかれ、彼の締まった腰に回された。

「危ねぇからしっかり掴まってろよ」


引っ張られた余韻でふらついて、顔ごと彼の背中にぶつかっていってしまった。


華奢な人だと思っていたけど、すぐ目の前で感じた意外に広くがっしりした背中。

そしてほんのり湿ったTシャツから男の人の汗の匂いがして彼を急に意識してしまい、少し胸がざわついた。




「ヒャッホーーー♪」


と大樹は嬉しそうに叫びながら、両足をペダルから放り出し、下り坂の勢いに任せて自転車を滑らせた。

道は舗装もされておらず、時にはゴツゴツともしたけど、颯爽と自転車を漕ぐ彼の後ろの席は清々しく、気持ち良かった。

私は、振り落とされないように必死にしがみついた。

空気を割って駆け抜ける疾走感と、無邪気に風に乗る彼の姿を見てると気分も高揚してきて、一瞬私がこの土地に来た理由を忘れそうにもなった。



程無く走って行くと、前方に赤い屋根の小綺麗な飲食店らしき建物が見えた。


「腹減っただろ?ここで飯食おうぜ。」



店内には地元住人らしき高齢者たちがまばらに座っていて、皆が大きな声で話をしながら食事を楽しんでいた。


「おぉ~~大樹、元気しとったかーーー!またカワイイ女の子連れて来てーー珍しいこともあるもんだな~~」

と気の良さそうな店主と見受けられるおじさんが、彼に親しげに話しかけてきた。



「珍しくなんてねぇし!いつも女連れまわしてるし!なめんな!」
と、彼はみるみる耳を真っ赤にして威勢よく言い返した。

ぶっきらぼうで粗野な感じかと思っていたけど、からかわれて赤くなるなんて意外と照れ屋さんなのかな。


すると、お茶を運んできてくれたお店のおばあが、

「大樹はここいらの飲食店ぜーんぶまんべんなく食べに来てくれるからよ~私ら年寄りの顔を順番に見に来てくれるんさ。優しいエェ子なんよ」

と教えてくれた。それを聞いた彼は、

「あぁ!もううっせーって!別にテキトーだよ」



アハハハ、と温かく笑う周りに見守られながら、地元で有名な鰹だしの中華そばを頂いた。


彼はとっても美味しそうに、貪るように麺をすすっていて、その姿がなんだか子どものようでとても可愛らしかった。



お店を後にして、またしばらく細いけもの道を走ってゆくと、鬱蒼と茂る大きなガジュマルの木が現れ、その横に乗ってきた自転車を停めた。



「降りてここから少し歩くぞ。」



大樹は、ポケットに両手を突っ込んだまま俯き加減で茂みを掻き分け、ズンズンと迷いなく歩を進めて行く。

そんな大きな背中に置いてかれないように、私は何とか小走りで着いて行った。



「くぅーーーーーっ!」



と大樹が両腕を天に突き上げ伸びをしたその向こう側には、港で見たよりももっともっと鮮やかな白と青、空と海。

目の前に拡がる景色が目に痛い程きらきらと煌めいて、何にも例えようもない位美しく、息が止まった。


この光景に言葉も出せずにいると、大樹はサラサラの髪を傾けながら私の顔を覗き、

「綺麗だろ?俺の自慢の秘密基地なんだぜ!」

と大きな口を開けて屈託なく笑った。



かと思ったら


「行くぞ」


と大樹は私の目を見つめ、すっと自然に手を取り、時々振り返って私を気遣いながら、ゆっくりと砂浜まで歩いて行った。


海まで抜ける道では、こちらを見もせず黙々と進んでいってたくせに…




「有名なとこや映えるとこはねぇけど、海も山も空も風もみーーんな輝いてるだろ。俺のサイッコーの癒しだ」

と言って、大樹は勢いよく大の字で浜に寝っ転がった。


日差しは熱いけどしつこくなく、サンダルが砂まみれだけどサラサラして触り心地が良くて。


生き生きと楽しそうにしている大樹に感化されて、つい私も真似して同じように彼の隣りに並んで横になってみた。




この場所だけ時間が止まっているかのようだった。



自分がこんな大自然の中、砂浜で寝っ転がっている未来があるなんて、あの時には想像もできなかったな…



はぁ… 気持ちいい…



「気持ちいいよな。俺、一日じゅう寝転んで雲の形見てるんだ」

大樹は、静かなよく通る声で言って青い空を見つめ、潤んだ瞳をそうっと閉じた。

柔らかく優しい風が頬を撫で、それは彼の艶やかな前髪をも吹き曝し、よく整った目元を露わにした。



長く繊細な睫毛に見惚れてしまった。

大樹の綺麗な横顔と微かに聞こえる彼の呼吸音に、自分でも驚く程の安堵をおぼえた。







***






いつの間にか、うとうとしてしまったみたい。

ノースリーブの腕に少し肌寒さを感じて、目が覚めた。



何か気配を感じてゆっくり目を開けると、寝転んでいる私の顔の両脇に両手をつき、覆いかぶさるようにしてこちらを見つめている大樹とバッチリ目が合った。

彼のピンクの前髪がさらさらとこちらに向かって落ちながら揺れていた。

もう少し動いたりしたら、私の額に触れそうだった。





え!?




咄嗟に私は胸の前に手を持ってきてガードしようとしたその時、大樹は囁くような声で呟いた。





「…ヤベェな……」







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