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記憶の落し物 ⑤



※盛大なるフィクションです




「もしかして、このあとかねちと約束してた?」


きっと私の表情がこわばっていたんだろう。

様子を見かねたりんたろー店長さんが、優しい口調で訊いてくれた。



「…約束、というか…」



昨夜、波打ち際で急に大樹の胸元にさらわれて

「俺も一緒に行く。独りで行くな」

って言ってくれた、はず。


今日明石家島に渡るのは大樹と一緒だと信じ込んでた。

そういえばはっきり何時にどこ、とも約束した訳ではない。



私が勝手に思ってただけなのかも。

一人で浮かれてしまってたのかな。



「アイツ、約束すっぽかすようなヤツじゃないのよ。ちょっと待ってね。」

と、店長さんも少し心配しながら、手早くポケットからスマホを取り出して大樹に連絡を取ってくれようとした時、私の肩をひんやりとした手でトントン、と叩いた人がいた。



振り返ると、派手なムームーを着た紫髪の小さいおばあちゃんが後ろ手に何かを持って、ニコニコしながらそこに立っていた


「あれ!貴理おばぁ!どうしたの、こっちに来てたの?」

と、店長さんが少し驚いた様子で、その老婦人に話し掛けた。

すると、その方はうんうんと微笑みながら、私の正面に回って


「里帆さんってアンタかね?」

「は、はい。」

「大樹から預かってるものを届けに来たんだよ」


と、船の切符と糊付けしてある薄い茶封筒を渡してきた。



切符が一枚?
てことは、私独りで明石家島に行けってことなのかな…




あれ?何で?



気を抜いたら涙が浮かんできそうで、私はキュッと奥歯を噛み締めた。

胸にズン、と重りが落っこちて来たようだ。



「あのね、貴理おばぁは明石家島の旅館の女将さんだから、かねちが気を利かせてくれたのかもね!」

と、りんたろー店長さんは慌てて私と老婦人を交互に見てその場を収めようとしてくれたけど、その貴理おばぁはゆっくり首を横に振り、


「大樹は来ねぇよ。だからわしが来たんだから。」


と至極真面目な顔で言った。




そっか…

そっかそっか…



大樹は、私と一緒に行く気は最初から無かったのか…

でも、ちゃんと独りでも行けるように切符の手配とかしてくれたんだ。




なんだーー…




不思議なことに私は、東京を飛び出してきた当初の決意はもう持ち合わせてなかった。



一大決心をして此処まで来て、人生の最終到着地、みたいに思っていたくせに、今はただ、大樹と一緒の時間を過ごせることを夢見ていたんだ。

明石家島に独りで行くのが怖いとか、果ての海に身を投げるとか、そんな事もうどうでも良くなっていた。



大樹の顔じゅう皺くちゃにして笑う無邪気な顔が見たい。



大樹の少年のようにはしゃぐ姿が見たい。



大樹と一緒に居たい。




けど…







「かねち、電話繋がんないなぁ」

と、焦るりんたろー店長さんに、


「もう大丈夫です。お気遣いありがとうございました。」
と言って、私は深くお辞儀をした。


「え、でも…」
「いえ、本当にもう…」
「じゃあさ、LINE教えて?かねちに伝えとくから」

店長さんはああ言ってくれたけど、なんて言うか、大樹とそういうツールで繋がるのって、少し違う気がした。



りんたろー店長さんの有難い申し出をお断りして、スーツケースを持とうとした時、ポシェットに入れていた恋貝が思いがけずシャラッと鳴った。


大樹と果ての海へ行く予定、なくなっちゃったしな…


私はまだ大樹に電話を掛け続けてくれているりんたろー店長さんに、

「あの…ご迷惑かもしれないんですが…お店で預かっておいて頂けませんか」

と思い切って言い、その薄紅の貝を差し出した。


「え?今から本家に行くのに?ウチの鳥居でいいの?」
と、店長さんは言ってそれを受け取り、何となく裏側が見えたようで

「あ」
と、短く呟いた。


「解ったよ。大切にとっておくから。いつかまた」

と言って優しく微笑み、綺麗なハンカチにそっと包んでくれた。




片側に私の名前だけ。

私の片思いの貝。

束の間の淡い想い出。






おばぁに案内されたのは、朝に見送った定期船より随分大きな船だった。

私は島の人たちに見られるのが少し恥ずかしくて、姿が港から確認出来ない位置の船頭にそそくさと乗り込んだ。



「元気でねーーー!さよならーーー!!」

とりんたろー店長さんのよく通る声が聴こえた。




心の整理をきちんとして…
明石家島から戻ったら…

大樹にまた会うことができるだろうか?




ていうか、ん?

店長さん、さよならって…?


汽笛とともに勢いよく稼動するエンジン。
大きな飛沫を上げて、船は悠々と大海に漕ぎ出した。




!!!!!

今頃気づいた私、、、なんて間抜けなの、、、




港から徐々に離れてるこの船は、明石家島行き(離島)ではなく、空港直結の港町行き(本島)だった。




船内の航路図と時刻表を見て、やっと理解した。

往路は空港から長時間バスに揺られて、明石家島行きの波止場まで行ったのよ。

あの港まではバスでしか行けないと思ってたのに!




空港からのこんな船便、無かったような…?





でも、あーあ、やられた。



東京帰れって事じゃん。






強かった風は程よく収まり、香ばしい潮の香りが私の心をもそっと撫でた。



………ーぃ

……ーーぃ!

…おーーーい!!




聴こえた!



ハッとして振り返ったけど、キョロキョロしても海と港しか見えない。

懸命に辺りに目を凝らすと、岬の燈台の先端で緩やかになびく鮮やかなピンクの髪を見つけた。




「大樹!?」



「おおーーー!!」



「大樹ーーー!!!」



「うぇーーーい!!!」



海風が強烈に染みて、目や鼻がツンとする。


どうして、何で、と沢山たくさん思う事があるのに、ひとつも言葉が出てこない。




すると大樹は、


「生きろーーー!!!生きろよーーー!!!」


と力の限りに声を振り絞り、大手を振りながら懸命に叫んでいた。









生きろ。









思えば大樹と出会ってから、無意識のうちに

「生きる」

という意識が私の中に芽生えていたのかもしれない。


何の気力もなくボロボロだった私に、生きる気持ちをくれたのは、間違いなく大樹だった。






私は、船の手すりから限界まで身を乗り出して、大樹の立っている彼方をずっと見つめていた。


愛しい姿が、ゆっくりゆっくりと遠ざかって行く。


風にはためくぶかぶかのTシャツや、凛と立つ精悍な姿も、段々と見えなくなっていった。





濡れた頬を指で拭い、そう言えば大樹から切符以外にももらったものがあることを思い出し、封筒を開けてみた。


ノートをちぎったような紙の端切れには






「お前が俺を見つける前に   俺がお前を見つけたよ」






と綴られていた。





さっきまで切ない気持ちで居たのに、何故かちょっと笑ってしまった…

こういうキザな感じって、本当の大樹のことを知ってしまうと、全然似つかわしくないなって思ってしまって。

でも、頑張って書いてくれたのかな…その気持ちが嬉しい。



普通にイケメンなのに、その割にはこういうところ、不器用だよね。



本当にありがとう。

今思えば私も、初めて会った気がしないくらい、大樹は懐かしくて甘酸っぱくて、胸の奥が疼く音がしたの。



貴方に出会えてよかった。

元気出たよ。



もう、大丈夫。





どうか。


大樹も


どうか元気で。






どうかどうか


ずっと


ずっと幸せでいて。










                            【  いったんend  】







~エピローグ~




どうも!ライターりんです!




まずは自己紹介。

俺は若い頃から地域密着の小さなサイトのブログで文才と文章力を評価されていて、その才能を活かして?何となく出版社に就職して、そのまま記者=ライターになって今に至ります。

最近、従兄弟や親戚のRさんたちがメディアでも活躍してて、ついに俺も脚光を浴びる時がやって来たかと思ってワクワクしてるとこ!



でも先月、ライバル会社の〇イゾーウーマンてとことちょっといざこざがあったんだけど、何の因果か週刊誌にエッセイを書く事になったのよw


人生って分かんねぇモンだろ…


それで、こないだクラブでLINE訊いたギャルを呼んで飲んだ時に、妙な話を聞いちゃって。

その娘の姉ちゃんのダチが明石家島ってとこに行ったんだって。



え?



その島って現代では行けるようなとこじゃなかったと思うんだけどなぁ…

だいぶ昔に水位が上がって沈没しちゃった島じゃなかったっけ?


しかも、その付近に俺にクリソツな居酒屋店長が居たんだってw

その姉ちゃんのダチ(長いからA子さん(仮)ね)が、その店長と一緒に写真撮ったのをたまたま見せてもらったギャルが

「あー!りんちゃんじゃん!!」

って思ったんだってw


世界中に自分に似たヤツ=ドッペルゲンガーってのが3人は居るって聞くけど、その店長が3人のうちの1人ならオモれぇよなって話。


エッセイのネタになるやん。


ちょうど番組の取材で無人島ロケに張り付く予定だったし、空き時間に少し足を伸ばして行ってみたら良いかなって。




ネタが転がってたらラッキー!位の軽いノリで調べ始めたんだけど、結構ヤベェことが判ってきたんだ。


「明石家島」ってのは歴史の教科書に載ってる位の古りぃ時代の呼び名で、現代では干潮時に辛うじて現れる無人島らしい。


今では

「アカシア島(旧・明石家島)」

と呼ばれてる。




その昔、名門・吉岡家のご令嬢が、そこに出入りしていた身分の低い使用人の男と許されざる恋に落ちた。

でも、お家柄政略結婚させられそうになった娘は思い詰め、その恋仲になった男に操を立てて、当時の明石家島の海に身を投げたんだって。

で、絶望した相手の男も同じ場所で後を追って、2人は誰にも邪魔されずにあの世で一緒に幸せになれた、とかゆう切なくて哀しい恋の物語。

一時期は、世間知らずなお嬢さんが悪い色男に騙された、みたいにも言い伝えられてたらしいけど、その後、

『身分も倫理も乗り越えて貫いた純愛』

と転じて、道ならぬ恋愛に疲れて来世は愛する人と一緒になりたい、と切に願う女性の投身自殺が止まらず、ついに幕府が「果ての海(当時の呼び名)」を閉鎖した、とゆうワケ。


つーか、、、

A子さん(仮)、、、


「明石家島に行った」


って、ウソなんじゃねぇの?

だって、そもそもが行けるような場所じゃねぇのよ。

どうなってんだ?









***










防波堤らしき場所と、かつて港があったのかな?みたいな、古びたパラソルと錆の酷い壊れかけのベンチがある場所まで辿り着いた。


寂れていて活気もない…何もねぇところだ。




すると、通り沿いに小さいタバコ屋?らしき店が開いているのを見つけた。

第一村人発見w

さっそく話を訊いてみよう。




番台に座っていたのは、派手なムームーを着た紫髪の小さいおばあちゃんだった。

静かに微笑みをたたえて、じっと座っている。



「ね、おばあちゃん。ここら辺からアカシア島へ渡れる場所ってあるの?」

「………」


耳遠いのかな?
微笑んでるだけで、返事してくれねぇんだけどw


俺は前屈みでなるべくおばあちゃんの顔の近くに寄り、もう一度大きくわかり易く声を出してみた。


「あのね!アカシア島へ…」


と話を続けようとした途端、おばあちゃんが突然、コトン、と何かを俺の目の前に置いた。


薄汚れてはいるけど、今まで生きてきて見た事のないような、綺麗な色と形の貝殻だ。



「あの島はな、黄色いアカシアがたーーんと咲いているだけだ。誰も立ち入ることは出来ないんだよ」


と、その貝殻を指さして淡々と言った。





だよな…やっぱ誰も行ったりできねぇんだ。




黄色いアカシヤか、、、





あ、何だっけな、花言葉、、、





母親に花の図鑑、貰ったんだけどな…





そうだ…




『秘密の恋』だ




明石家=アカシア=黄色い花=花言葉=秘密の恋
で、全部繋がってんのか!



お後がヒュイゴーだな!

何かしらのエッセイ、書けるかもしれねぇ!



目の前の貝殻の内側にそれぞれ書かれた

「里帆」

「大樹」

の名前を見て、何故だか不思議な気持ちになった。





てか、おばあちゃん、俺に瓜二つな居酒屋店長ってどこに居るか知ってる?






                              【  本当にend  】



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