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Флаг эвенков エヴェンキ民族旗の調査

ウィキペディアに「エヴェンギ族の旗」という名前でヘッダーの旗が掲載されていますが、これが本当に民族旗に相当するのかは確証がありません。少なくともエヴェンキ人たちがこの旗を掲げているという証拠は発見できませんでした

そもそもの話として、この旗のデザインがカッコ良くて、誰がデザインしたのか調べようとしたことが調査したきっかけです。しかし、その過程でそもそもエヴェンキ人たちの旗ではない可能性がでてきました。

可能性として最も高いのは「文化センター」の旗と考えられます。

エヴェンキ人とは?

ところで、エヴェンキ人とは誰のことでしょうか?

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エヴェンキ人とはユーラシア北部を中心に暮らしている、ツングース語系のエヴェンキ語をしゃべる民族です。人数については大学書林の『エウェンキ語への招待』では次のように述べられています:

中国以外に、ロシアのシベリアおよびモンゴル国の東北地域でもエウェンキ族が生活している。...エウェンキ族の人口は現在のところ、推定68.000人であるが、その内訳は、中国に32.600人(2003年)、ロシアに31.000人(1999年)、モンゴル国に4.300人(2001年)となっている。
 ─中嶋 幹起 (著), ドラールオソル朝克 (著)『エウェンキ語への招待』2005、大学書林、p.3-4

 Wikiの調査

下記がこの民族旗を掲載しているWikipediaの画像です(1):

スクリーンショット 2020-07-13 17.48.58


第一に「おや?」となるのが、この旗の画像のリンク先にあるファイル名です。日本語のページでは「エヴェンギ族の旗」と書いてあるのですが、リンク先の英語で書いてあり、ここですでに名前が"Flag of the Association of Evenks in the Sakha (Yakut) Republic"というタイトルになっています。つまり、特定の民族ではなく、「サハ共和国のエヴェンキ協会の旗」という名前が英語ではつけられています。

それでは"Association of Evenks in the Sakha (Yakut) Republic"のような団体は存在しているのでしょうか?

サハ共和国(ヤクーティア)

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団体の話をする前にヤクーティア(サハ)共和国の話をします。

サハはロシアにある、国土がシベリアの多民族国家です。あくまで私の印象ですが、サハではいわゆるエトノフェスト(民族文化祭)のようなものが盛んなイメージがあります。その要因としては、サハがモスクワ中央政権からも遠い位置にあるということと民族的にロシア人でない人たちが民族構成の多数派を占めているからではないかと推測しています。

さて、ロシア語で"Ассоциация эвенков Республики Саха (サハ共和国エヴェンキ協会)"という団体は確かに存在しているようです。この団体の存在は"Ассамблея народов Республики Саха(サハ共和国民族会議)"のホームページで確認できます。

民族議会のホームページではエヴェンキを始め、ユカギール、朝鮮人、タジク人、チュクチ人、クルド人など様々な民族団体が紹介されています。サハでは民族運動の活発なようで、サハニュースの記事では様々な民族が民族議会のお祝いに出席しています。興味があれば下記のサハニュースへのリンクをご覧ください。

しかしながら、このホームページ内でその協会に対して一定のスペースが設けられてはいるものの、焦点の「旗」の使用は確認できませんでした。

ネリュングリ中央図書館システム

一方で旗の画像の使用が確認できるのは「ネリュングリ中央図書館システム」のホームページの中でした。この中に「イェングラ村のシンボル」という項目があり、そこで問題の旗が使われています。

2011年6月19日イェングラ村で行われたエヴェンキ民族文化・言語 間地域センター設立記念式典において、代議員のエレナ・ゴロマリョヴァとアヴグスタ・マルフサロヴァが承認されたエヴェンキ民族文化・言語センターの旗を披露した(2)。
(На торжественной церемонии открытия Межрегионального центра культуры и языка эвенкийского народа в селе Иенгра 19 июня 2011 года народный депутат Елена Голомарева и Августа Марфусалова продемонстрировали собравшимся утвержденный флаг Центра культуры и языка эвенкийского народа).

従って、「イェングラ村のシンボル」とあるけれども、イェングラ村の旗であるわけでもない、ということになります。そして、どうも旗自体はエヴェンキの「文化センター」の旗であることもわかってきました。

それが確認できるのがまたしてもサハニュースになります。上記に言及されている文化センターの開館式のニュースが写真付きで残っていました(3)。写真も(3)の画面から持ってきています。

スクリーンショット 2020-07-15 20.48.02

おそらく、背後のトナカイ?が向かい合っている紋章がイェングラ村自体のシンボルだと思われます。

Wikipediaの北方民族系記事

上記の調査からテーマであったWikipediaで掲載されている「エヴェンキ族の旗」は誤った紹介ということになります。

先日のモンゴルの件もそうですが、事実かどうかの確認をせずにWikipediaにあたかもそうであるかのように記事を仕上げてしまう例が北アジア系の記事で多いような気がします。そのため、北方民族系の記事については迂闊に引用せず、注意深く目にしていった方がいいと思います。

お暇である方は過去の他の記事もよろしければどうぞ。

参照

(1)『エヴェンキ』、https://ja.wikipedia.org/wiki/エヴェンキ (2020-7-15閲覧)
(2)Символика села Иенгра, https://nerulibr.ru/index.php/zemlya-neryungrinskaya/simvolika-sela-iengra/ (2020-7-15閲覧)
(3)"В Иенгре открылся Межрегиональный центр эвенкийской культуры и языка", https://www.1sn.ru/48468.html (2020-7-15閲覧)

Photo:
1.『エヴェンキ』、https://ja.wikipedia.org/wiki/エヴェンキ
2.ID 68053679 © Andrew Berezovskiy | Dreamstime.com
3.ID 149190856 © Tatiana Gasich | Dreamstime.com


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