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#6.アムハラ語

 「それならエチオピアの雑巾、食べに行きましょうよ」
 私が同級生や後輩と集まると、突発的に日本人があまり知らないような国のレストランを探して食べに行くことがある。たまたま知り合いの家で集まったのだが、「せっかくなので何かアフリカの料理が食べたいよね」ということになった。チョイスに困っていたところ、後輩の鶴の一声で一気にエチオピアに決まった。エチオピアの雑巾とは?。
 そんなことより、エチオピアと言ったら何と言っても「アムハラ語」だろう。アムハラ語は独自のゲエズ文字を使って書かれるアフリカの言語である。語族としてはセム語派に属しており、アラビア語やヘブライ語の仲間と言える。しかしながら、独自の文字で書かれるため、どのような言語か分かりづらい。加えてエチオピアとも一般的に関わることは少ないため、アムハラ語自体の情報が少ないのが現実だ。
 「もしかしたらレストランでアムハラ語を使うことがあるかもしれない...」
 そう思った私はレストランに向かう前に後輩たちを無理やり丸善に寄らせ、白水社の『ニューエクスプレス アムハラ語』を購入させてもらってから、「雑巾」を食べに中目黒のエチオピア料理レストラン「クイーンシーバ」に向かった。

セム語の分類について

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  ところで、ウィキペディアの記事を一瞥すると「中央セム諸語」や「南セム諸語」という語派があることになっている。念のためGray(1971)やLipiński(1998)、Faber(2005)を参考にして調べてみると、セム語派の分類方法は短い期間でアップグレードがかかっているようだ。
 上記の学者の分類方法、ないしは自分の著作で前提としている分類方法を前提とした場合、まず東セム語と西セム語の二つに分けるのがまず一般的な軸であった。ただし、それは言語地理学的な考えが強いようで、例えばLipińskiはセム語の分類方法(当時)は「話されている言語の地理的分布により分類されていると考えられる(1)」と自身の著作で結論づけている。
 その一方で、セム語の調査が進み、また言語学の論理自体も発達した。HetzronがLeslauの下でエチオピア語の研究を進め、南セム語に分類されていたエチオピア諸語を形態的な研究によりアラビア語やカナーン人の諸言語から分離し、「中央」という概念を導入した(2)。新しい言語の発見に加え、世代も研究手法も変わり、セム諸語の分析方法がこの三〇年で大きく転換したという印象だ。

アムハラ語のコピュラ

  南の言語と中央のセム語を分ける決定的な特徴については分からない。ただ、学習者としてアラビア語とヘブライ語を学んだあとにアムハラ語に学んでみて気づいたことがある。それはアムハラ語では現在形でコピュラを使うことである。他の取り上げたセム系の言語の場合、現在形でコピュラを省略するのが普通だ(ヘブライ語は分からないが、アラビア語の方言にはコピュラを使う方言があるけれども)。
 そのため、基本的には「私は学生です」という文章を訳としたら、どちらの言語でも「私」「学生」の二つの単語を並べるだけで「私は学生です」という意味になる。しかし、それに加え、アムハラ語は「〜(私が)です」という単語が増えて三単語になる(ただし、コピュラに人称があるので、主語がこの場合省略できるので「学生」〜(私が)です」の二単語でも作れる)。

①標準アラビア語:
.أنا طالب
('ana Tālibun)

②現代ヘブライ語:
.אני סטודנט
(ani student)

③アムハラ語
እኔ ተማሪ ነኝ
((Ene) tämari nañe)

ゲエズ文字

 アムハラ語には前述したようにゲエズ文字で書かれる。しかしながら、珍しい文字であるけれども習得難易度はそこまで高くないのではないかと考える。なぜならゲエズ文字には一定の規則性があるからだ。
 ゲエズ文字は子音字に母音を表すパーツをつけて音を表すアブギダと呼ばれる文字に分類されるものである。ヒンディー語やネパール語のヴァーナーガリー文字やベンガル語のベンガル文字と同じ仲間だと考えて問題ない。ウィキペディアの「ゲエズ文字(4)」項から図を一部だけ抜粋して説明する。

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 上記がゲエズ文字の一部であるが、子音の文字に対して、横棒や「尻尾」をつけたり植物のような「芽」を出させたりすることにより、母音を表す。
 例えば、冒頭の「エチオピアの雑巾」の正しい名前は「インジェラ」という。ゲエズ文字で書くと" እንጀራ"となる。アルファベットを当てはめると" እ(i)ን(n)ጀ(jä)ራ(ra)"という組み合わせとなる。これで「インジェラ」というスペリングを表している。
 肝心なのは日本語のように母音と子音の組み合わせにより文字自体の形が大きく変わらないこと、それからベンガル文字の子音結合文字のように特定の子音が並ぶと異なる語形に変化する、というようなことがない。そのため、それが複雑な文字体系を用いる言語と異なり、文字の学習がそこまで負荷にならないと考える。多少の時間をかければ、豊かなエチオピア世界への扉を開くことが容易になるわけだ。

食後

 結論から言えば、特にお店でアムハラ語を使うことはなかった。お店の人が日本語に不自由でコミュニケーションに難航する、ということがなかったからだ。インジェラもその不名誉な名前に反して美味しかった。

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 何かの穀物を発酵させた生地を焼いているためか、生地はやや酸っぱい味がする。でも、小麦粉を焼いたパンケーキやお好み焼きなどとは違い、生地が軽く、酸っぱさが口内に清涼感をもたらすのが斬新である。加えて、その生地を様々なペーストにディップして食べることにより様々な味の変化が楽しめる。いつの日にか、アディスアベバに行って、本場のインジェラを食べてみたいものだ。

参考文献・引用元

(1)Lipiński, Edward (1998). Semitic Languages Outline of a Comperative Grammar. Peeters Publishers & Department of Oriental Studies.  pp.48
(2)Faber, Alice (2005). “Genetic Subgrouping of the Semitic Languages”. In Robert Hetzron. The Semitic Languages. Routledge. pp. 7. ※1997年に出版された書籍の電子書籍版
(3)Gray, Louis Herbert (1971). Introduction to Semitic Comperative Linguistics. Philo Press. pp.3
(4)ウィキペディア「ゲエズ文字」(2020/1/12閲覧)https://ja.wikipedia.org/wiki/ゲエズ文字
(5)若狭基道(2018)『ニューエクスプレス アムハラ語』白水社

おすすめ

↑一番勉強しやすい。やはり日本人向けであることと文字をユーモラスに説明していることに好感が持てる。

↑ややハードモードな本。が、250ページを超えるボリュームでアムハラ語が徹底的に勉強できる。ある程度文字が読めるようであれば取り掛かっても良い本だと思うが、文字の勉強に時間をかけていない人は挫折する可能性がある。後半になるにつれゲエズ文字のアムハラ語と英語の訳語だけになっていく。この2冊を終えてからLeslauの"Amharic Textbook(1968)"に進めるのが良いか?

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