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リー・クアンユーの言語観と国家戦略

シンガポールの初代首相だったリー・クアンユーのインタビューをまとめた『世界を語る』という本を読みました。

アメリカ、インド、パキスタン、イスラム過激主義など世界の大国や歴史、それから中国の未来などについても自分の言葉で語っています。

シンガポールは複数の国家に属していた歴史のある国です。独立前はマレーシアの一部でしたし、イギリスの植民地からスタートし、日本に占領された歴史もあります。

それと同様に、リー首相自身もそのようなシンガポールの変わりゆく情勢を生き抜いてきた人物であったためか、シンガポールを取り囲む政治的変動要因や日本、アメリカ、中国、インドのような国外情勢、そしてイスラム過激派の進出について鋭い洞察をしていることがこのインタビューで分かります。

特に中国に関する見方は2020年の今の中国の振る舞いをピタリと当てているかのような見方をしています。彼の洞察力が卓越していたことは今の中国を見るとよく理解できるのではないでしょうか。

彼のその能力と共通した根は多文化と多言語観に関する見識だと思います。そもそもリー首相は卓越した多言語話者でした。

英語、ラテン語、福建語、日本語、マレー語、マンダリンの6ヶ国語を習得したリークアンユーは、自分の子供には完璧な英語、マンダリン、マレー語をマスターさせた(1)。

また、彼はシンガポールの公用語を英語にし、中国語も第二言語として使用できるようにした人物でもあります。そもそも彼は言語・歴史・思考法・生産性は相互関連すると考えているようです。また、言語により思考が制限されることを「言語障壁」と呼んでいます。

「...思考を形成する言語である中国語には、すでに4000年の歴史があり、...だが中国語は外国人には習得しにくい言語であるため、外国人に中国のことを尊重させたり、外国社会に受け入れさせたりするのはとても困難だ。...一方、シンガポールは儒教の教えの多くを中国と共有してはいるが、過去40年間二渡、英語を第一言語にし、中国語を第二言語として確立する取り組みをしてきた。それは、世界言語という面だけでなく、英語の思考法によって、新しい発見や発明につながる効用をも考慮し、世界に向けて門戸を解放するためだ」
グラハム アリソン, ロバートD ブラックウィル他『リー・クアンユー、世界を語る 完全版』p.34-35

中国は上記のような観点から逆の手法をとっており、リー首相は大国としての中国の課題であると考えているようでした。すなわち、中国は世界の覇権を握ろうとしているが、王朝的な発想を持つ国家で、中国語と中国文化・歴史に強く立脚している国です。そのため、言語・文化的に中国は閉鎖的。そのため、世界から優秀な人材や才能を集める際にその矛盾は発展の妨げになると予想しています。

シンガポールは国民の結束もさることながら、リー首相の言語政策により世界志向を持つ国となっている印象があります。中国と儒教文化を共有する国ではありますが、志向は全く逆です。

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言語から見た生産性は数で考えても十分に効果が想定ができます。というのも地球の人口80億のうち、英語と中国官話の話者だけでも28億人の話者がいます。したがって、英語と中国語がしゃべることができ、世界進出を目指すシンガポール人は地球の35%の人間と容易にコミュニケーションがとることができます。生活もできますし、ビジネスも当然できるでしょう。シンガポールの全国民に近い数の人口がそれをすることができるのですから、一人一人の生産性は日本と比べても高いはずです。

従って、国内外でそのような国民が活発に活動することにより、シンガポールのは地理的な大きさにかかわらず、世界35位のGDPを達成しています(2)。

そして複数の言語の運用能力を持つことは一つの民族的な視点・歴史から物事を見ず、複数の視点から考えることを養います。それはシンガポールのような、マレー形、インド系や中国系などの多民族が国家の中枢となる国が前提としなければならない条件です。それはシンガポールとしての国民感覚、それぞれの民族の一部としての皮膚感覚、国際人としての感覚を持ち合わせることに他なりません。

リー首相のお話を聞くと、彼がシンガポールという国家的な視点にたち、人的資源をフル活用する政策を打ち出していたという評価に結びつきます。国益に結びつけるためには言語政策も極端な罰金制度・法政策も、汚職撲滅も、シンガポール人という画一の生産性の高い人材を作り出していくための国家戦略の一部なのです。

そして、そのような人材を生み出していける環境を作り上げることがシンガポールがシンガポールとして生き延び続けることができる大きな地盤となっています。

「シンガポールがシンガポールとして存続するためにはどうすればいいのか?」━その答えを見据えてきたリー首相がいたからこそ、今のシンガポールが存在していると言えます。

果たして日本の政治家でそこまで俯瞰した国家戦略を構想できる人間はいるのでしょうか?日本の経済や生活が不安定なのは、不況だけの問題ではないのでは。

(1)https://shukousha.com/column/shimoyama/7153/
(2)https://www.globalnote.jp/post-1409.html

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