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#26.カタルーニャ語はハスカップなのか

函館のホテルで飲み物を出された。くいっと飲み干すと水のようだけれど、しっかりとした味がある。そしてほのかに甘みと野苺のような酸味を感じる。ウェイターにこれは何のジュースですかと尋ねる。それはハスカップワインですよと答えるウェイター。まともにハスカップワインなんて飲むのは初めてだなぁ。

カタルーニャ語がハスカップワインのように思えてきたのはお風呂の湯船につかりながらのことだった。湯船の中にカタルーニャ語がスペイン語とは違う独自の発音・文法・文化がスペイン語の環境の中に透明ながらもしっかりと浮かんでいるように思えたからだ。

いや、カタルーニャ語の地域は透明なのだろうか?実際、カタルーニャだけを見ればハスカップなんかよりも「酸味の強い」独立志向の強い地域ではないだろうか。2019年には独立を問う選挙がカタルーニャ自治州で実施された。その独立運動は日本でも取り上げられ、カタルーニャという地域がスペインの中でも特別な場所であるという印象を与えたのではないか。そういう意味で去年の騒ぎはカタルーニャの存在と独立心を外部に知らしめることができたという点で成功したのだろう。

もしかしたら、カタルーニャ人をクルド人と比べたらどうだろうか。クルド人はトルコやイラク、イラン、シリアを中心に複数の国にまたがって散在する民族だ。ただし、「散在」と書いたが、たまたま国境が彼らの伝統的な居住区域にひかれただけであり、当の本人たちはその地域を「クルディスタン」と呼んでいる。そして方言差がありますが、印欧語族のクルド語と呼ばれる言語をしゃべることが民族的アイデンティティーの強化につながっている。

クルド人という民族がある一方で、そもそも「カタルーニャ人」という定義は存在しているのだろうか。不思議なことにクルド人と対照的にカタルーニャ人(カタラン人)という民族を考えたとき、カタルーニャ人という民族の数は掴めない。例えばCIAのWorld Fact Bookを見ても、カタルーニャ人だけを集計した統計は存在しない。全てスペイン人となる。また、カタルーニャ統計学研究所(Institut d’Estadística de Catalunya)の統計では「カタルーニャ人」という統計がない。「カタルーニャ人」であることを暗喩している統計といえば、言語別統計しか見つけられなかった。そこでは第一言語がスペイン語かカタルーニャ語か、はたまた別の言語かで人口の統計が取られていた(1)。

もしかするとスペインという国は日本と統計に関する考え方が似ているのかもしれない。民族を前提とする国民ではなく、国籍を前提とする見方をする国家なのかもしれない。例えば日本でも、仮に第一言語がアイヌ語であっても統計上、全て「日本人」、正確にいえば日本にいる「日本国籍保持者」となる。民族で統計するという考え方を表に出さず、「スペイン国籍保持者」として人口数を測る国家なのかもしれない。

同様の傾向はスペインのお隣のアンドラ公国にもある。この国でもカタルーニャ人は何人と換算するのではなく、一括で「アンドラ公国人」で人口を計っている。

そもそも「なぜアンドラ?」という話になる。

実はアンドラはヨーロッパ大陸で唯一のカタルーニャ語が公用語の国家だ。「アンドラ公国憲法(La Constitució del Principat d'Andorra)」の第二章でも「アンドラ公国の公用語はカタルーニャ語である(La llengua oficial de l’Estat és el català.)」と規定されている(2)。ただし、アンドラはEUに属していない。

話がスペインに戻る。アンドラと異なり、スペインはEUに属している。しかし、カタルーニャ語はEU内の地方言語としての地位を持っている。それはひとえにスペインの言語政策に由来するものと考えられる。というのも、スペインの憲法は言語に共同公用語(Lenguas cooficiales)という法的地位を認めているからだ。スペインはカスティーリャ語(スペイン語)以外に次の言語の共同公用語の地位を認めている。カタルーニャ語、バスク語、ガリシア語、バレンシア語だ。バレンシア語はカタルーニャ語のバリエーションの一つだというふうに言われることもあるが、独立して言及されている。スペインでは言語的多様性を自国の豊かさと関連する文化遺産として、これらをスペインが国をあげて保護するべき対象としているのである(...laConstitución Española reconoce que la riqueza de las distintas modalidades lingüísticas de España es un patrimonio cultural que será objeto de especial respeto y protección...)(3)。

実際のカタルーニャ語はスペイン語とどの程度違うのだろうか。勉強を進めていくとカタルーニャ語というのはスペイン語とフランス語の中間的な特徴を持つ言語、という印象を持つようになった。例えば、語彙。ポルトガル語やスペイン語では「食べる」を"comer"というのに対し、イタリア語の"mangiare"やフランス語の"manger"と同系列の"menjar"という単語を使う。存在文はスペイン語であれば"hay"というところをカタルーニャ語では"hi ha"という。まるでフランス語の"il y a"ではないか。また、「お願いします」「どうぞ」に当たる"si us plau"は文字通りに訳すと「あなたを喜ばせるならば」になる。これはフランス語の"s’il vous plaît"やルクセンブルク語の"wann ech gelift"という表現を連想させる(後者はゲルマン語なのでフランス語の影響で形成されたのかもしれない)。カタルーニャ語は三人称でも英語やフランス語のような形式主語はいらないので、フランス語の"il"のようなものが"si us plau"の中にいないわけだ。

上記にスペイン語とどれくらい違うのかという話を展開した。だが実際には問屋が卸さず、スペイン語にも似ている点は山ほどある。もともと同じロマンス語系の言語なので根幹的な語彙は非常に似通っている。慣用句も似ていて、「ありがとう」は"Gràcies"というし、強めると"moltes gràcies"となる。

総合的に考えると、カタルーニャ語は結局のところ、「スペイン語にも近いがそうではない」「フランス語にも近いがそうではない」という位置付けがちょうどよく思える。

やっぱりカタルーニャには独自の味があるのだなぁ。

参考文献

(1)Institut d’Estadística de Catalunya https://www.idescat.cat/indicadors/?id=anuals&n=10364

(2)Constitució del Principat d’Andorra http://www.consellgeneral.ad/fitxers/documents/constitucio/const-cat

(3)Ministerio de Política Territorial y Función Pública http://www.mptfp.es/portal/politica-territorial/autonomica/Lenguas-cooficiales.html

(4)田澤耕 『ニューエクスプレス カタルーニャ語』2010/3/1. 白水社


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