しばらく離れる日本の最後は、独りで向き合おうと思った。【sioさん 感想】
2019年8月10日。
僕にとって、人生でおそらく6回目の”転機”となる日が訪れました。
日本出国の日です。
もともと18歳からずっと海外生活を続けていた自分にとって、海外に行くこと自体には今更特別な感情を持ち合わせていなくて。
それでもやっぱり環境を一新するっていうのは、いい意味でも悪い意味でも奇妙な感覚にとらわれてしまうものです。
一応メインは「ワイン」というキャラで活動はしていますが、あくまで僕は『食と酒に関わる仕事がしたい』と思ってます。その形はきっと、ソムリエだろうがサービスマンだろうが醸造家だろうが経営者だろうが、あんまり拘ってないんだろうなと客観視してます。
食事、お酒。このふたつを楽しめられる環境づくりをすることが僕の中で人生の軸となっている気がするんです。
その中でも、『今、現時点で』自分が熱量を注げるのはサービスマンだと思っています。流石に一生サービスの仕事だけを続けるつもりはありませんが、土台作りとしても学びが多いかと。
何が言いたいのかといいますと僕にとってレストランは学びの場です。
僕にとって、じゃないですね。おそらく飲食に本気で向き合ってる人間全てにとって、何よりも食に対する投資の部分が非常に大きいと思います。
普段の食費はなるべく抑えて、たまに行くレストランには限度はあれど出し惜しみしたくない。そんな思いで、日本のレストランも色々巡っていました。
そして、日本滞在最後の日。
多分、この日を逃したらしばらく日本に帰ってくることはありません。具体的には4年ほど。そんな最後の日に、僕はどこに行けばいいんだろうか。
僕の中でその疑問は、一瞬も悩むに値しませんでした。
ここを行かずして、どこに行くというのか。
代々木上原のフレンチ「sio」さん。
どうしても行きたかったんです。
僕だけではないでしょうが
sioさんを知ったのは、sioの鳥羽シェフ(@pirlo05050505)についてまとめられた記事を見てからでした。
一切の他意はないのですが、正直言って『30歳からシェフになり』という文言に極端な特別性は無いと感じています。この業界だと…少なくとも僕の周りでは、そこまで珍しい話でも無いですので。
それ以上に僕が興味を惹かれたのは以下の部分でした。
とにかくしきりに「想い」「愛」という言葉を綴る鳥羽さん。
これ、飲食の人間ならわかると思います。
簡単なようでどれほど難しいか。
きっと僕が考える「お客様が満足のいくサービス」というのは、時には『効率』や『妥協』を意識してしまうことも少なくありません。
常に100点のサービスは理想的ですが、時間や人数の都合上、それは不可能なことが多いです。
与えられた環境下で、いかに満足度を上げるか。そのためには、ポジティブな意味での『効率化した業務』や『過度なサービスからの妥協』を考えてしまいがちです。
しかし、鳥羽さんは本気で100点を狙っていこうとしています。
いや、もしかしたら100点どころじゃないのかもしれない。
120、130も狙っているのかも…。
鳥羽さんを僕なりに解釈すると
『お客様を想い愛する。深く、負荷なく』
という印象です。こんなこと、なかなかできることでは無いです。
あくまで文章から受けた印象と少しお話させていただいた時の感覚のみで語っているので、検討違いだったら恥ずかしいですが笑
加えて自己表現に長けています。飲食店がSNSをこういう風に活用してアピールし、それが見事に成功しているのは、単純に「プロモーションが上手」なんて稚拙な言葉では収まりきらないでしょう。
考えれば考えるほど興味が尽きません。
もしかしたら、僕が作りたい飲食業界の未来予想図を
すでに視野に入れているのかもしれない…!
そんな方から、どうやって学ぶか。
…直接食べるしかないでしょう!!
と、前置きが長くなってしまいましたが、
日本最後の日にsioさんを堪能してきました!!
男独りで!
最高じゃねーの!( ・∇・)
最初に目に入ったのは『厨房』だった
公的な場面でもそのまま活用できるから、と
僕は暑い日にもワインレッドジャケットは欠かさず着ていました。
正装をしておくことで自然と姿勢も正しくなるし、自分の一挙手一投足に緊張感を持つことが出来るので好きです。
手荷物は全てロッカーにしまい
スマホやカードなど最低限の手荷物を携えて
襟を正し、一呼吸置いてから扉へ。
意味があるのかはわかりませんが、僕なりのレストランに対する敬意を払う気持ちも込めて。
店に入ると、まず目に飛び込んでくるのはオープンキッチン。木目調に整えられ、柔らかなフィトンチッドの香りに包まれた店内は、自然と心が落ち着くように思われました。
フレンチレストランの中でも
・オープンキッチン
・キッチンスタッフが多い
というのはそんなに珍しくないのですが、注目すべきは
『キッチンスタッフ、皆んな若いな…』という点です。
この情報は、事前に知っていました。これにも鳥羽さんの思惑があることは調査済みです。
にしても、この光景はやはり不思議なものでした。もちろんいい意味で。
僕ら世代の飲食業界の人間なんてまだまだ下っ端。最前線で活躍出来る環境なんてそうそう用意されるものではありません。フレンチレストランなら特に。
同世代のソムリエやシェフがどんなサービスをしてくれるのか。…文字にすると上から目線に感じますが、純粋に同じ道を歩むものとして興味がありました。
6皿のコース。キーワードは”五味のコントラスト”
着席。こういうお店に行くときには、基本誰か友人を誘って食事することが多いです。
僕個人の意見として、食事の楽しみは「対話」にあると思っているからです。
でも今日はひとり。目の前には誰もいません。
こういうときは全力で料理やサービスを満喫することにします。
…やせ我慢、って言った人。怒らないので後で職員室に来なさい。
(公式サイトより引用)
今回僕は土日祝のみ営業しているランチコースに加え、
料理ごとにお酒を合わせてもらうアルコールペアリングを注文。
自分でお酒を選ぶのも楽しいですが、僕個人的には
ペアリングを頼むほうがよりレストランを楽しめる感じがあって好きです。
世の中には「デートのときにペアリングを注文するのは男の責任放棄!
おもてなしするなら自分でワインを選ぼう!」なんてマナー講師もいるそうですが、好きにすりゃええねん。表面的なマナーに囚われなさんな(誰)
最初に出されたのは一杯のドリンク。
「自家製のコーラです。」
自家製のコーラ…?コーラってあのコーラ?
このアペリティフ(食前酒)にオリジナルドリンクを持ってくるお店は多くないので印象に残っていますが、多分『自家製のコーラ』を飲んだのは初めてな気がする…!
キャラメルと数種のスパイスをブレンドして炭酸ガスを注入。涼しい店内とはいえ、東京の灼熱から避難してきたばかりの火照った身体に澄み渡ります。
「これからフレンチを食べる」という気構えを強烈な味で潰すことのない程度の穏やかで心地いい炭酸具合。
アペリティフ=apéritifとはフランス語でもともとラテン語の「aperire(開く)」に由来する、食欲を増進させるための飲み物。
まさに、始まりにふさわしい一杯でした。
早くお酒も飲みたい( ・∇・)ワクワク
そしてワイン1杯目はシャンパーニュ。
『Murmure』のブラン・ド・ブラン。爽やかな柑橘系の香りが鼻腔を抜け、口にはヨーグルト系の穏やかなふくよかさも楽しめます。
シャンパーニュの中には『ブラン・ド・ブラン(白の白)』『ブラン・ド・ノワール(黒の白)』というハリーポッターの呪文を思わせる謎の暗号が二種類あるのですが
なんとなく後ろの文字が
・『ブラン』だとスッキリ感すごい
・『ノワール』だと飲みごたえあり
って感じで判断しておくとオッケーです!
詳しく知りたい方は、またあなたがワインにハマりだした頃にじっくりと解説しましょうか…ふっふっふ…( ・∇・)
…なーんてニヤニヤしながら待っていると、一皿目のお料理が。
「スイカを使ったスープです。」
スイカ!( ・∇・)
綺麗な透明感のある、スイカのスープ!( ・∇・)
「少し味は薄めに仕上げております」という一言をいただき、
早速試してみることに。
淡い赤の液体から口に飛び込んできたのは、メロンのような上品なウリ科の青々とした爽やかさ。
スッとあとを引く感じが、次の皿への期待値も高めてくれます。
これだからコース料理は楽しい!一皿で完結するわけじゃなく、コース全体として楽しみかたが刻一刻と変化していくんですよ!( ・∇・)
2杯目はワインではなくシードル。しかも、梨のシードルです。
「ぶどう」を使って作るお酒がワインなら
「りんご」を使って作るお酒はシードルと呼ばれます。
『梨で作ってるのにシードルって言っちゃっていいの?』という問いは、可愛らしい名前を見てどこかにとんでいきました。
”ぽわぽわポワレ”
いや、可愛いかよ。
「ぽわぽわ」ってオノマトペを実生活で目にするとは思わなかったですよ。
後半の「ポワレ」っていうのは、そのままの意味だと調理法の名前なんですけど、おそらく『Poire(ポワール)=梨』というフランス語をちょっとアレンジした形かなぁと。
山形で作られた数種の梨をブレンドして作られたこのシードル。先のシャンパーニュと同じ方向を向いている爽やかさを感じながらも、果実味からか少しだけ味のコクを感じる印象。あまり梨のシードルをテイスティングしたことなかったな…( ・∇・)
梨のシードルを楽しみながら2品目がサーブされてきました。
〜馬肉のタルタル、ビーツのマリネを自家製タルトの上に乗せて〜
勝手に名前をつけてしまいました。sioさんごめんなさい。
「ビーツ」ってもしかしたら聞き馴染みない方も多いかもしれませんが、フランス料理の中では『Betterave(ベットラヴ)』という名前でも親しまれる赤い野菜の1つです。日本名では『サトウダイコン』。大根のような根菜類で、ほんのり甘さを感じるのが特徴的。
タルト状にしてあるので、そのまま手でパクリ。絶妙なタルトのサクサク具合とビーツマリネの歯ごたえが絶妙でした。
途中でいただいたパン。パンを提供する理由はレストランによって様々。カジュアルなビストロだと「お腹を満たして欲しい」「ソースをつけて一緒に楽しんで欲しい」という意味もありますが
「味覚をリセットする」という役割もあるんです。パンを食べることで口の中に残っている料理の印象を一回消してあげることができ、次の料理の一番楽しんで欲しい味を提供することができます。
ええ、食べますとも( ・∇・)モグモグ
そしてワイン3杯目。Salvora。おお( ・∇・)
スペインの北西部に位置する『リアス・バイシャス』という産地で作られる高品質な白ワイン。
「白ワインは冷やした方がいい」と聞いたことがあるかもしれませんが、物によっては少し温度をあげたほうが一番美味しいタイミングになる白ワインもあります。ワインって飲むときの液体の温度で味がめちゃくちゃ変化するんですよね。
で、個人的にはこのワイン「冷やしても」「若干温度上がっても」美味しいワインでした。正確には、ワイン一本で温度によって違う味わいが楽しめました。
皆さんも、もし家でワイン飲むことがありましたら温度を変えて楽しんでみてください( ・∇・)
ヒントは
『スッキリ飲みたいなら冷やして』
『味や香りを感じたいならちょっと温度あげて』
って感じです。
温度をあげる方法は、冷蔵庫から出してちょっと常温で放置してあげるといいかもです。あとはワイングラスに入れてクルクルまわしたり。
話が脱線しましたが、次の料理がきました。
見た目から美しい料理ってそれだけで幸せですよね。
〜鯵と夏野菜のタルタル セミドライトマトのソースと共に〜
再び繊細な料理が。タルタルの下に添えられているキヌア(穀物の一種)にある程度の食感を持たせるため、ソースは目の前で皿に注いでくれました。
タルタルの繊細な味わいのアクセントにはシソが、
セミドライトマトのソースには深みを出すためにコンソメが。
夏の味覚がこれでもか!と言わんばかりに口の中に押し寄せてきます。
美味しい…( ・∇・)
ペロリと平らげた後にはパスタがやってきました。
〜sio風 カルボナーラ〜
太めのパスタにじっくりと絡められたエレメンタルチーズとフォンドヴォライユ。
思うんですけど、チーズの入ったパスタって幸せですよね…
合わせるワインは、さっきの料理と同じワイン。しかし、今回は2杯目なので、少し温度をあげながら…ワイングラスを無駄にくるくるしながら楽しみます。こういうのは雰囲気も大事ですよね。誰に見せるわけでもないけどさ。
じっくりと味が染み込んだパスタって、こんなにも味が口に広がるんだ…と思わせてくれる一品でした。徐々に味わいの印象が濃厚に。お腹も少しずつ満たされてきたタイミングです。
満を持して登場した赤ワインが「マルゴー・デュ・シャトー・マルゴー」
…まじか。…まじか!?( ・∇・)
高級なワインを作っているワイナリーによくあるのが、
『カジュアルに楽しめて、価格も控えめなラインナップを』
という目的で作られた、高級ワインとは別のワインを作る方式。
俗に『セカンドワイン』『サードワイン』なんて呼ばれかたをしますが
まさかシャトー・マルゴーをいただけるとは…!
もちろん値段や評価で味が決まるわけではないとはいえ、
シンプルに口角が上がっちゃいます( ・∇・)マジカ
気になる方はぜひ
『シャトーマルゴー』で検索してみてください。
「やっぱりマルゴーはマルゴーだ…うまいぃぃ…」なんてウキウキしながら楽しんでいる間にメインの料理がやってきました。
〜蝦夷鹿のロースト、根セロリのクリームとごぼうのチップを添えて〜
「蝦夷鹿」といえば、本州鹿と並んで有名な日本生まれのジビエ。北海道が産地で、食べ応えのある肉厚感が特徴です。
とはいえ、もともと鹿肉が低カロリーの高タンパクとしても名高いもの。鉄分も多く含んでいるので、お肉料理をあまり食べないかたにもオススメしたいジビエ料理なんです。
根セロリクリームの横に添えてあるソースには赤ワインを使っており、二種のソースを掛け合わせる度に印象を変えてくれる1皿でした。
料理も最高でしたが、それ以上のこだわりを感じたのは
お肉を切るためのナイフです。
お肉がびっくりするほど「ストン」と切れちゃう…!
ほとんど力を加えずにナイフを落とすだけで綺麗な断面を見せてくれます。
「肉の味は切り方で決まる」なんて言われたりすることもありますが、ここまで切れるナイフは初めてでした…( ・∇・)ウツクシイ
どうやら『日本一切れる』との誉れ高い研ぎ師の方に、しっかりとメンテナンスをお願いしているそうです。すごい…
そして締めにはもちろんデザート。
〜ミルクジェラート〜
シンプル。だからこそ美しい。
しかしよくよく味わってみるとその濃厚さに舌鼓。
白カビチーズの「ブリア・サヴァラン」を加え、
味にクリーミーなコクを与えていました。チーズの程よい塩味もたまらない。
ちなみにこのジェラートの形は『スプーン切り』と呼ばれる技法。普通にお皿に乗せるよりも味の密度が上がり、より満足感を感じる技法…らしいです。
そして締めのコーヒー。
コース料理を楽しむ時に、
このコーヒーの時間ってめちゃくちゃ重要な気がします。
食べた料理に思いを馳せつつ、終わろうとしている時間に寂しさを感じるような…満足で、哀愁的で、時の流れがゆったりになるような、そんな感覚に支配されます。
味の濃淡のグラデーションと緩急。
最初から最後まで、大満足のコース料理でした。
「レストラン」は『外で食べる』だけではない
(公式サイトより引用)
「ブラックだ」「搾取だ」なんて言われていますが、普通のサラリーマンが想定しうるレベルをはるかに凌駕するくらい飲食業界は過酷な世界です。
僕を含めて「それでもこの道に入った」若手は非常に多いですが、”ただ単純に業務をこなすだけ”でも大変なこの世界で、「自分で何かを成し遂げてやろう」と考えている人間はまさに自ら茨の道を歩もうとしているようなもの。
しかしsioさんのスタッフには、
それをやり遂げてみせるという熱量と意志を感じました。
もちろんそういう人がたまたま集まった可能性もありますが、
なんと言っても鳥羽シェフの”環境づくり”の賜物だと感じました。
修行中の身である若手シェフを信頼することで、シェフたちには責任感と意欲が生まれ自然と技術が上がっていく。
客観的に聞けば合理的にも思えますが、そう簡単にできることではありません。それだけ”信頼”を大事にしている鳥羽さんだからこそできることだろうし、周りもそれに呼応するように成長していく。
こうやって「レストラン」が完成していくんだ、とフランスに出国する前に体感できたのは、僕にとって日本滞在最後にして最大の収穫でした。
鳥羽さん、並びにsioのスタッフの皆様。
貴重な時間をありがとうございました。
いつかご一緒にお仕事できる機会を作れるよう
遠く離れた地ボルドーにて精進して参ります。
文章苦手ながら頑張りました!