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ソムニウム(5)ミンタカと緑の龍


 地下のスタジオでヨガのレッスンを受けている。
 インストラクターはインド系の女性だ。
 黒い髪をシニヨンにまとめ、褐色の肌で、黒目が大きい。
 鳩のポーズを決めたまま、じっとこちらを見つめている。
 ミンタカ、という言葉が浮かぶ。
 彼女の名前なのだと思う。
 マンションの隣人の部屋へ遊びにいく。
 自分の部屋と鏡写しのレイアウトだ。
「前の家から持って来た」と言って、隣人が網戸を指差す。
 三角形の網戸で窓の内側につけてある。
 フレームにヒップホップ風の落書きの跡がある。
 視野いっぱいに落書きが広がる。
 目の前に青空と雲が開ける。
 部屋はそびえ立つ岩山の先端にあり、両脇を雲が流れている。
「凄いね」と言って振り返ると、隣人がぶるぶる震えて、二人の小さな女の子に分かれる。
 三人で並んで窓辺に座り、流れ飛ぶ雲と空を見る。
 風が冷たくて気持ちいい。
「抜けた」と女の子たちが嬉しそうに言う。
 雲が切れ、広大な遊園地が広がる。
 花と緑とアトラクションで飾られ、奇妙に歪んだ音楽に合わせて、厚みを持たないキャラクターが何百体と踊っている。
 ここは違う、堕とされた。
「ミンタカ」とつぶやいて目を閉じる。
 暗闇の中で、虹色の三つの三角形が、触れ合ったり離れたりしながら涼やかな音を立てている。
 裏返ってパタンと重なる─────パタパタパタと横移動─────大きくなって含む─────小さくなって含まれる。
 上の世界へ行きたい、と思う。
 一つの三角形が大きくなって、他の二つを中に含む。
 目を開くと遊園地は消え、星空と雲の海がある。
 女の子たちはもういない。
 緑色の龍が、遠くの雲間を泳ぐように飛んでいる。
「今日はここまで」
 ポーズを解いてミンタカが言う。
 黒い瞳がプロフェッショナルに光っている。

(終わり)

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