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ルビー・ザ・キッド Bullet:29
気がつくと二つの歯車を見ていた。
透き通っていて大きかった。ねじれるように傾いていた。
二つは噛み合って回っていた。ときどきそれが外れて滑った。片方の回転のスピードが速かった。
これが破壊と再生の歯車か───。
そう思ったところで、僕は、僕を取り戻した。
自分が誰で、何をして、どうなったのかを思い出した。
世界の裂け目となったことで、その始まりと成り立ちとあり方を知った。
✣
最初に自分を感じる存在があった。
それは大いなる霊だった。
存在していることに気づいた霊は、自分を確かめたい、と思った。
霊は自分の内側に自分を産んだ。
魂の世界が作られた。
霊は魂の世界を二つに割って、その両方に入り込み、互いに互いを確かめることで、激しい認識の飢えを満たした。
自分を割ることはできないけれど、自分が作ったものであれば、いくらでも切り分けて乗り込めた。
霊は魂を分割し続け、自分のバリエーションを果てしなく増やした。
そのうち乗り込まれた魂たちの中に、霊の意志をなぞる働きが生まれた。
魂たちもまた存在していることに気がつき、自分を見たい、触りたいと思った。そして自分の内側に自分を産んだ。
物理現実の世界が作られ、空間と時間が同時に生まれた。
分割した最初の原子の群れに、魂たちは乗り込み、自分を確かめ、存在と認識の飢えを満たした。原子をつなげて分子を作り、分子をつなげて群体を作り、存在のバリエーションを果てしなく増やした。
始まりと終わり、物と物、個体と個体の境い目が生じたことで、不自由さが爆発的に膨れ上がった。
それでも多く魂たちは、自己認識の快楽を求めて、分割とダウンフォールを繰り返した。そして自分を物だと思うようになった。
物質に乗り込んでいることを忘れ、霊を宿していることを忘れた。
霊はすべての魂に乗り込み、その魂が乗り込んでいるすべての原子と、その原子が作り出した分子や分子の群体と、金属、鉱物、ウイルス、植物、昆虫、動物、人間、そして人間の作った道具と機械、AIのプログラムにいたるまで、すべての区切られた物の内側で、生まれは消えていくエネルギーのあらゆる流れを感じ続けた。
それは底なしの喜びであり、快楽だった。
物質と魂と霊の関係は、ゲーム機と、ゲーム世界と、ユーザーの関係によく似ていた。
違うのはゲーム機とゲーム世界が、ユーザーの内側にあることだった。
なので生き物、特に人間たちの、世界に対する認識は逆転していた。
肉体に魂が宿るという感覚、魂に霊が宿るという考え方は、最下層の物理世界を基準にしたために生じてしまった錯覚だった。
実際には大きな霊の中に、たくさんの魂の世界があって、その内側に物理現実世界───重くて不自由で断片化した存在が無数に詰め込まれた『地獄』があった。
✣
紅い拳銃で自分を撃って自殺することで世界の裂け目になり、物理現実世界と魂の世界の二つを取り込み、混ぜ合わせ、レトルトにする前から、僕は美猟であり、ハルであり、ハルの伯父さん伯母さんであり、武市先生であり、黒桃であり、礼司と啓司ライトナーであり、ルビーであり、ガルシアであり、すべての日本人や世界中の人たちであり、動物や虫や植物で、山や岩や石や砂で、水や空気の流れだったんだ、自分で自分に一目惚れしたり、自分で自分を疎んじたり、有難がったり、面白がったり、憎んだり、怒りをぶつけたり、暴力をふるったり、殺し合ったりして、存在をカウントしたりディスカウントしながら、すべてが自分であることをすっかり忘れ果てたまま、大抵の人たち、大抵の生き物は、生まれてから死ぬまでそのことに気づかず、肉体が繰り出す感覚と、情動の奔流に呑み込まれ、快感と激痛にもみくちゃにされて、一生を終えていくんだな、無自覚のまま『呪いのバトン』になって、それを誰かにパスしながら───と、時間と空間のない世界で、破壊と生成の歯車を見ながら、大きな霊となった僕は思う。
大きく傾いて回り続ける破壊と生成の歯車を見ながら、世界のバランスを回復する仕事に快楽を感じて取り憑かれてしまった、ガルシア=アズールを、僕は許す。
奴を利用しようとしたアメリカ政府の政治家たちや官僚たち、紅い拳銃で大量殺戮を犯した歴代の持ち主たち、B‐GUNシステムを使ってテロを繰り返した黒桃賢を、僕は許す。
彼らの激情と欲望を認める。
なぜならば。
どんな憎悪も、悪意も、憤怒も、怠惰も、腐敗も、飢餓も、不安も、恐怖も、収奪も、支配も、暴虐も、魂というクッションに包まれ、護られている霊にとっては、自分が生きてここにいることを確かめるための手段であり、素晴らしく鮮やかな娯楽だから。
人間がゲームにログインし、地獄のような世界をプレイしながら、生と死のギリギリの境い目をシミュレートして遊ぶのと同じように。
物理現実世界と魂の世界は、霊が快楽を貪るためのアミューズメント・パークだという真実を、知って受け入れてしまった僕は、『呪いのバトン』を消したいともう思えなくなっている。
ガルシアの亡霊が語ったことは、本当だったし正しかった、すべての人間と生き物の中から破壊的な感情を引き出し、暴力の連鎖を作り出すことで、生成の激しい奔流を食い止め、動的平衡を取り戻すことができる唯一のアイテムである『呪いのバトン』を、取り除いてしまうことはできない。
そう考えた瞬間、自分の中身が可視化される。
霊の世界───僕の内側が、無数の文字で埋め尽くされる。
それは、死にかけて荒野を彷徨っていたガルシアの頭上に出現し、スコールのように降り注いだ、判読不明のあの文字だ。
物理現実世界の大気が空気で満たされているように、霊である僕の内側の世界は文字でみっしり満たされている。空気の分子が動き回るように、文字も自由に動き回る。
いくつかの文字が僕の前に集まり、ひとつの文字列をかたち作る。
そこにはこう書いてある。
『ガルシアの跡を継ぎ、生成と破壊の車輪を回せ』
読むと同時に、その文字列は僕の意志になる。
ガルシアは、天から落ちてきた文字を、魂に焼きつけて使命としたけど、水平に言葉と出会った僕は、それを爽やかな欲望と感じる。
ガルシアの役目を、望んで引き継ぐ。
草薙マリオだった頃なら、大笑いしてから激怒し、一蹴したな、と思いながら自分の欲望を僕はそのまま言葉にする。
『僕は、ガルシアの跡を継いで、生成と破壊の車輪を回す』
そして、ひとつのビジョンを得る。
それは、霊の高みからしか見渡せないはずの世界の構造を知っていて、破壊と生成の歯車のバランスを理解できてる人間たちが、『呪いのバトン』を捨てることなく、暴力にまみれた物理現実世界で、生き生きと暮らしている光景だ。
肉であり、魂であり、霊でもある。三層の自分を持っている。
彼らは美猟によく似ている。
顔かたちの奥に透けて見えてる魂のあり方がそっくりだ。
彼らなら、どんな地獄の中でも、存在することの快楽を最後まで楽しもうとするだろう。
わくわくしながら、僕はガルシアの跡継ぎ───三層世界の管理者として、最初の仕事にとりかかる。それはルビーの魂と交わした約束をほとんど満たすものとなる。
紅い拳銃と青い拳銃を消そう。
ルビーの魂とガルシアの亡霊の痕跡を消し去ろう。
全人類の脳を操作して暴力の連鎖を切るのは止そう。
新しい『呪いのバトン』が生まれる余地は残しておこう。
最下層の物理現実は地獄のままにしておこう。
美猟のような魂を持った人間の『種』を撒こう。
考えると同時にすべてが実現する。
霊である僕の内側の世界から、ルビーとガルシアの痕跡が消える。
父親と母親に虐待され、彼らの死体に挟まれて、交通事故から生還した僕───『三歳の怪物』の痕跡が消える。
ビジョンに見た人々のイメージが、文字に変換されてコマンドとなり、大きな霊である僕の中にばらまかれる。
青い拳銃が消滅する。もう絶対に再生しない。
そして、草彅マリオの上半身と紅い拳銃が、魂と物質の中間の状態で、僕の中で実体化する。
薄桃色に光りながら振動している拳銃は、初めて手にしたときのように怪しいオーラを放っている。乳白色のグリップカバーに嵌め込まれたルビーの結晶を覗き込んで、綺麗だな、と僕は思う。
そして、『ブランカの夜』に、銀行強盗から言われた言葉を思い出す。
「それは魔性の拳銃だ。この世界を変える力を持っている。
同じ光景を作り出せれば、お前の望みは叶うだろう」
確かに世界を根底から作り変える力を持ってたよ。
ルビーの魂に憑依され、ガルシアの亡霊に操られていた、白髪の大男の魂に向かって懐かしく僕は語りかける。
人としてでなく、霊としての望みを、今からここで僕は叶える。
「最後に、紅い拳銃でもう一度自分を撃って、
『裂け目』を閉じて消してやれ。
そうすることでお前の中から、二つの世界が吐き出される」
ルビーの魂に言われた通り、銃口を顎の下に当てる。
発射と同時に紅い拳銃が消滅するようイメージしながら、僕はトリガーを引き絞る。
ガチャリ。
エネルギーラインに撃ち抜かれて、世界の裂け目としての僕が消し飛び、文字に溶けて混ざり合ってた二つの世界が分離する。
魂が生まれて分裂し、分裂しながら内側に物を生み、三層世界が一気に作られる。ありとあらゆる出来事の流れが、煌めきながら溢れ出して、あるべき時へ場所へと向かう。
大いなる霊としての僕は、自分の中に数え切れない魂を生み、その魂たちがさらに自身の中に、無数のウイルスや細菌や微生物や植物や昆虫や哺乳動物や類人猿や八十億の人間を生んで、それらすべての肉体に乗り込み、霊であることも魂であることも忘れ、草彅マリオという少年に戻って、物理現実の地獄に立つ。
そこは再構築された新しい世界だ。
<続く>
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