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ソムニウム(1)鳥


「がっかりだ!」
 と耳元で怒鳴られ、頭を平手で叩かれた。
 痛い!と思った瞬間に、高い空を落ちていた。
 さっきまでの自分から引き剥がされて、ここへ放り出されたのがわかった。
 何度か雲を突き抜けると、眼下に大きな川が見えた。
 長い橋がかかっていた。
 水は透き通ってきらきらと光っていた。
 水面が迫って頭から落ちた。
 沈んで水を呑み、もがいて浮かんだ。
 無数の死体が川面にみっしりと浮いていた。
 どれもこれも腐っていて、触れると肉がべろりと剥がれた。
 叫びながら死体をかき分けて泳いだ。
 岸にたどり着き、水から上がり、川岸の道をとぼとぼ歩いた。
 穏やかな夏の夕暮れだった。
 遠くでヒグラシが鳴いていた。
 里山の手前で道が二股に分かれていた。
 片方が神社、片方が寺へと続いていた。
 神社へと続く道を進んだ。
 鳥居をくぐると、巫女が境内を掃いていた。
「話を聞いてほしいんです」と言うと、
「こちらへ」と拝殿に案内された。
 中に入ると、神主姿の老人が四人、横一列に並んでいた。
 前に座って告白した。
「死体の川を泳いで渡ってきました。ぜんぶ自分が殺した人達です」
 吐き出すように言いながら、ああそうだった、と思い出して泣いた。
 四人の老人がニコニコしながら「ある、ある、ある」と頷いた。
 そして、四人でひとつの声で言った。
「蜥蜴が鳥になったように、私たちは空へ昇る。人の体はそのための土台だ」
 老人たちの頭から烏帽子が落ちた。
 みるみる鳥の顔になり、頭の横から羽が生えた。
 四羽の鳥が、老人たちの頭から抜け出して、羽ばたいた。そして拝殿の外へ飛んでいった。
 残された老人たちは馬鹿のようになっていた。
 驚いて見ているうちに自分の顔も鳥になった。
 頭の横から羽が生え、抜け出して鳥になり、羽ばたいた。そして拝殿の外へ飛んでいった。
「あぁ、馬鹿になってしまった」
 と、つぶやきながら外へ出て西の空を見上げた。
 無数の鳥が三角形の隊列を組んで飛び去っていった。
「ららぁ、らあああ」
 と、歌う声が耳元で聞こえた。

(終わり)


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