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なぜ10万円給付に時間がかかるのか

 特別定額給付金(いわゆる10万円給付)について、住民の方々から、毎日のように「いつ振り込まれるのか」というお問合せをいただきます。
 連日、この10万円給付については様々な報道がなされていますが、特徴的な側面のみを取り上げていることが多く、全体像を俯瞰しづらいかもしれません。ですので、なぜもっと早く給付できないのかという疑問を持たれるのは当然だと思います。そこで本記事では、

市町村は、いったい何をしているのか

なぜ、給付に時間がかかっているのか

について、自治体の長として説明を試みます。

 なお、理解しやすくするため、説明のなかで概念化や単純化をしている部分もあり、完全に記載どおりの内容を行っている訳ではないことは、念のためお伝えしておきます。

1 記事の対象

 特別定額給付金については、ご存知のとおり紆余曲折を経て現制度に着地しました。そのため、議論すべき論点は複数あるかと思います。
 しかしながら、本記事については「なぜ給付にこれだけの時間を要するのか」という論点に絞って展開してまいります。

2 自治体による方針の違い

 手順の詳細に入る前にお伝えしたいことは、自治体によって基本的な対応方針が異なるということです。
 大きく分けて3つの基本方針があり、どれを採用するかは、各市町村における首長の考えに大きく左右されるかと思います。

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方針1  全体最適型
 おそらく、最も多くの自治体が採用していると思われる方針です。
 基本的に、郵送とオンラインによる申請受付のみとし、システムが使える手順にはシステムを使い、申請書への印字や封入などの作業も事業者を活用するという考え方です。
 この方針は、煩雑な作業などを可能な限り少なくすることで、申請世帯全体への給付を正確に早く達成することを主な目的としています。その他のメリットとして、手作業によるミスの減少作業する職員の「密」回避などが挙げられます。また、後述する特別な配慮を要する方への対応に時間をかけられるため、二重払いが発生するリスクが低くなります
 デメリットとしては、準備行為などの初動やシステム事業者との調整に時間がかかるため、申請書の郵送や給付の開始日が他の方針より遅くなります

方針2 一部最速型
 報道で取り上げられることの多い方針です。
 この方針では、各世帯で申請書をダウンロードのうえ申請いただく手法や、臨時窓口を設置して申請受付をする手法など、郵送やオンラインによる申請以外の方策も用います。また、申請書の印刷や封入なども、職員による人海戦術での対応となります。
 最大のメリットは、申請書の送付や一部世帯への給付開始を早期に実現できる点です。報道では、「〇〇市が申請書の送付を開始した」といった形で登場します。
 しかし、この方針では、ただでさえ煩雑な作業に加えてさらに並列的に処理すべき作業が増えるため、申請世帯全体への給付に時間がかかる作業ミスが起こりやすい作業中に職員の「密」状態が発生しやすいというデメリットがあります。そのため、人海戦術のオペレーションが重要になります。

3. 力技型
 10万円給付を職員による手渡しで実現する方針です。
 3つの方針のなかでは給付開始を最短で実現できますが、ご想像のとおり人口が極めて少ない自治体でしか採用できないため、ここでは多くは触れません。

3 手順の確認

 四條畷市で採用したのは純粋な全体最適型です。 
 そもそも一体どの方針が良いのかという点については、本記事の対象ではないためここでは割愛したいと思います。
 以降、純粋な全体最適型の方針を採用した場合における手順を、2つのプロセスに分けて説明していきます。なお、あくまでも四條畷市における手順であり、全体最適型の自治体すべてが下記の手順で行っている訳ではないことは、念のためお伝えしておきます。

プロセス1 申請情報の確保(精査前)
 プロセス1では、申請の受付から情報の集約までを行います。

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ア 特別な配慮を要する方への対応
 配偶者等からの暴力を理由に避難している方について、一定の要件を満たす場合、世帯主でなくとも給付金を受け取ることができるようにする手続きです。

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①申出書の提出
 事前に申出書を提出いただくことで、この対応が適用されます。申出書を提出する期間は、総務省の通知では4月24日から30日までの7日間となっていました。
 この手続きについては、避難先が元の居住地と同一自治体でない場合が多いため、都道府県単位でとりまとめます。よって、原則的にはこの期間に申し出ていただくことが必要です。

②情報の整理
 当該申出者については、全世帯に送付する統一様式の申請書(住民基本台帳に記載されている内容に基づく)ではなく、別に申請書を送付する必要があるため、情報を整理します。
 全体最適型では、上記期間を過ぎても申請書の郵送前まで対応することができます(もちろん避難先の自治体との連携は不可欠です)。

イ 郵送による申請
 郵送による申請について、一部最短型と比較しつつ説明していきます。

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①申請書の統一様式の調整
 まずは、全世帯に送付する申請書の様式を固めます。全体最適型では、住民基本台帳システムを構築した事業者が作成する統一様式を使用します。
 この手順では、全体最適型と一部最速型で大きな違いが生じます。
 一部最速型は、総務省の雛形を用いて市町村独自に様式を定めることで、雛形の提示直後から次の手順へと進めます。そもそも、一部最速型という名称たる所以もそこにあります。
 一方、全体最適型では、システム事業者が全国の自治体において適用できる統一様式を調整・作成することになるため、様式が固まるまでに大きく時間がかかります。実際、申請書が市役所に納品されたのは、5月11日でした。

②統一申請書の印字・封入
 申請書の様式が固まれば、印字・封入の作業に進みます。
 全体最適型では、この手順において自治体で行う作業はありません。なぜなら、先述の事業者がすでに全世帯分の必要情報を印字した申請書を、返信用封筒などもセットにした完成品の状態で納品してくれるからです。言うまでもなく、当該事業者によって住民基本台帳システムが構築されていることから、住民基本台帳から抜き出した情報がそのまま印字されているため、プロセス2で行う精査(返送された申請書と住民基本台帳との突合作業)を大きく短縮できます。
 一部最短型では逆に、封筒などの物品を自ら調達したうえで、必要情報の印字を自前で行い、その後に封入作業等を職員による人海戦術(ただし、「密」を避けながら)で行います。また、印字の手順を省力することでさらに早く申請書を送付することが可能ですが、その場合は、住民の方が手書きをした申請書が返送されるため、後の住民基本台帳との突合作業にかかる時間が大幅に増えます。申請書をウェブサイトにあげ、住民にダウンロードのうえ申請書を送付いただく手法も同様です。

③配慮を要する方の申請書の抜き取り
 申請書類一式を郵送する前に、特別な配慮を要する方を含む申請書類を、で行った情報整理に基づき抜き取ります。これを郵送の直前まで行うことで、二重払いのリスクを限界まで下げることができます。

④統一外申請書の作成
 特別な配慮を要する方の申請書については、全体最適型であっても独自で申請書を作成(統一様式外の申請書)して対応する必要があります。

⑤統一外申請書の印字・封入
 特別な配慮を要する方や、後述する書類不備があった方などについて、統一様式外の申請書に必要情報を印字し、封入作業を行います。

⑥申請書の郵送
 郵便局に書類を持ち込みます。四條畷市では、5月18日が持ち込み日となります。

⑦申請書の記入・返送
 住民からの申請書を待ちます。期限は8月18日です。

⑧添付書類の確認
 市役所に返送された申請書類一式について、まず添付書類(本人確認や口座情報等)を確認します。不備がなければ、プロセス1の「郵送による申請」はここで終わりです。
 漏れや不鮮明などの不備があれば、対象世帯をリスト化して手順⑤に戻ります。そのうえで、⑤以降の手順を再び行い、改めて申請書を送付いただきます。

ウ オンライン申請
 ここからは、話題のマイナンバーカードを用いたオンライン申請の手順に入ります。冗長にならないように、問題点に触れるのは最小限とし、それらは後にまとめて詳述いたします。

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①マイナポータルの整備
 総務省によるマイナポータル(政府が運用するオンラインサービス)の整備期間です。5月1日から利用できるとの通知がありました。

②マイナポータルから申請
 住民からの申請に対応します。四條畷市では、5月15日時点で、約700件の申請を受け付けました。後述するとおり、この手順に最大の課題があります。

③申請情報のダウンロード
 
マイナポータルから申請されたデータは、J-LIS(地方公共団体情報システム)に保存されているため、自治体側の端末にダウンロードしてくる必要があります。

④zipファイルの解凍
 
ダウンロードすると、「世帯主の名前.zip」(私が申請した場合は「東修平.zip」)という形式のファイルとなっています。zipファイルはこのままでは扱えないため、扱えるように解凍すると、申請データ(csv形式)と添付画像データ(通帳や免許書のコピー等)が格納されたフォルダとなります。

⑤csvデータを申請書の様式に変換
 csvデータ(申請者情報)を、それぞれの申請世帯ごとに格納されたフォルダから抽出して統一様式の申請書の形に情報を入れ込み、郵送による申請書と同じ状態にします。

⑥印刷
 統一様式にした申請書と、添付画像を印刷します。

⑦添付資料の確認
 添付書類について、明らかな不備(添付漏れ、関係のない画像の添付など)があるかをチェックします。不備がある場合は、オンライン申請者に対しても郵送にて紙の申請書を送付しているため、個別に連絡を取り(ここも大きな課題です)、改めて送付していただきます。もしお手元に郵送した申請書がない場合は、イの手順⑤に戻ります。

⑧申請書の確認
 申請書の内容を確認していきます。例えば、申請時には世帯主のマイナンバーカードが使われている必要があり、配偶者等の世帯主以外のマイナンバーカードで申請されている場合は受理できず、再申請となります。また、マイナポータルからは何回でも申請できるため、重複した申請書がないかなども確認します。
 こうした不備がなければ、プロセス1におけるオンラインによる申請はここで終わりです。
 不備があった場合は、⑥の時と同様に、紙の申請書を改めて提出いただく必要があるため、個別に連絡を取ります。電話であれば早く連絡が取れますが、必ずしも繋がるとは限らず、郵送によってお知らせする対応等になることで、結果的に時間がかかることになります。

プロセス2 振込

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ア 精査
 プロセス1で、郵送とオンラインによる申請の情報を紙媒体にて一元化しました。ここからは、その情報を住民基本台帳と見比べてひたすら確認していきます。この手順を経てようやく、不備のない申請者情報(ただし未だ紙媒体)を用意できたことになります。

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イ システムの対応
 対象世帯が数百件程度までであれば、申請情報をもとに職員自らで金融機関に振込を依頼できるかと思いますが、万単位となるとさすがに現実的ではありません。そのため、システム上で対応していきます。

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①住民基本台帳システムのサブシステムの構築
 まず、住民基本台帳システムを構築した事業者側が、今回の特別定額給付金に対応したサブシステムを構築します。金融機関への振込依頼も、このサブシステムを通じて行うことになります。
 ここは大きく時間がかかるところであり、システム事業者も4月末から直ちに構築作業に入って尽力してくれていましたが、市役所としてサブシステムがどのような仕様かが最終的に分かったのは、5月15日になってからでした。

②サブシステムの設定
 事業者が構築したサブシステムは、あくまで当該システム事業者が関係する全国の自治体に対応した仕様となっています。そのため、市の情報担当職員が、四條畷市に対応した状態に改めて設定する必要があります。この手順を経て、実際にサブシステムを使用できるようになります。

③サブシステムへの手入力
 ①にて精査した申請情報(紙媒体)にある口座情報などを、サブシステムに手入力していきます。これでようやく、電子データとして申請者情報を用意することができました。

④金融機関へ振込依頼をする
 
サブシステムを活用して金融機関に振込依頼を行います。もちろん円滑に進むよう、早くから金融機関とは調整を開始しています。

⑤金融機関内の処理・振込
 金融機関としても、情報取得後、直ちに振込ができる訳ではありません。四條畷市の指定金融機関の場合では、どんなに急いだとしても、振込まで約5営業日前後が必要になるとのことでした。その金融機関内の処理を経て、振込が実行されます。
 四條畷市では、5月18日に申請書の郵送となりますが、返送、精査、手入力、金融機関内の処理、それぞれを考慮すると、最短でも振込は5月28日前後となります。

ウ 通知
 金融機関へ振込依頼を行った申請者については、サブシステムから必要情報を出力し、振込予定日を印字した通知書を作成して送付し、申請者に適正に受理したことを確認いただきます。

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4 よくある誤解

 最小限に留めたものの、手順の説明がかなり長くなってしまいました。ここまでを踏まえ、誤解されがちな点を整理します。

①申請書の送付が遅い自治体は努力不足
 申し訳ありませんが、違います。確かに自治体によって多少の前後はあるかと思いますが、申請書の送付時期に差が出るのは、上述した基本方針の違いによるものです。
 申請書の送付に時間をかけている自治体は、申請書が返送されてきた以降の手順を効率化することで、結果的に振込までの期間を短くすることをめざしています。
 また、各自治体は、感染症対応に伴う業務が増加し続けている一方、職員に感染者が出るとそれらの業務自体が止まってしまうため、職員の感染リスクを下げるために分散勤務などを行って「密」状態を避けています。さらに、私たち基礎自治体は、特別定額給付金への対応を含む業務の多くが住民の個人情報を扱うため在宅では行えません
 たしかに、四條畷市でも昨年度、公用のモバイルPCを用いて行政情報(LGWAN)にどこからでもアクセスできる仕組みを構築(閉域LTE網の技術により情報流出を防止)し、テレワーク環境の整備に努めています。しかし、行政情報を扱うネットワークにはアクセスできますが、たとえいかなる方策を用いても、現在の技術では住民基本台帳を扱う基幹系システムには庁外からアクセスできないという状況です。
 これら人員体制における制約条件を考慮しつつ、各自治体ごとの事情もふまえ、早期に給付ができるよう最大限の努力をしていることをご留意いただければ幸いです。
 なお、ただちに生活資金が必要な方などについては、緊急小口資金をはじめとする各種制度を案内しております。

②オンライン申請は早く振込まれる
 むしろ、郵送より遅くなる可能性があります。そもそもオンライン申請も、郵送による申請と結局は同じ手順が必要になることは上述したとおりです。
 郵送による申請では、住民基本台帳に記載された情報を申請書に印字している関係上、世帯構成の記載などに間違いが生じることはありません。一方で、マイナンバーカードはあくまで「個人」を対象とした制度であるため、世帯構成に関する情報はカード上に保有されておらず、ご自身で入力いただくことになります。そのため、オンライン申請では、申請情報と住民基本台帳に記載されている情報に齟齬が生じる可能性が出てきます。
 また、オンライン申請はマイナポータルを活用しますが、マイナポータルでは打ち間違いなどに対してエラーは出ず、何を書いても申請できる仕様となっています(名前に「あああ」と書いても次に進めます)。加えて、口座情報などの添付書類についても、どんな画像データでもアップロード可能です。さらには、同じ人が何度でも申請可能な仕様になっており、もっと言えば、世帯人員に何人でも書くことができます。
 そのため、これらの不備に対応するため作業量が増大することはもちろん、不備があったことを各世帯に連絡したうえで再申請していただく必要がありますが、その連絡もマイナポータル上ではできません。結局、郵送等にて不備があったことを伝えるため、時間を要することになります。
 何より、こうした仕様であることは自治体には事前にまったく知らされていないため、対応策等を練る時間もなく申請受付を開始した経緯があります。

③手作業が多いのは工夫不足
 でき得る限りの工夫を凝らして対応しています。しかし、主にシステムの制約によって、作業の多くが人海戦術による対応とならざるを得ません。
 もっとも顕著なのは、申請情報と住民基本台帳との目視による突合ですが、これはマイナポータルのシステムと住民基本台帳システムがすぐには連動できないことに起因しています。なぜなら、マイナポータルは国主導のシステムである一方、住民基本台帳システムは各自治体ごとに異なる事業者に委託して構築されているからです。
 加えて、住民基本台帳を扱う基幹系システムは通常の行政情報を扱うネットワークとは切り離されて構築されており、情報を容易に移動させることができません。そのため、結局は目視による確認作業や、直打ちによる入力となってしまいます。

④マイナンバーカードさえ持っていれば安心
 残念ですが、持っているだけでは役立たない可能性があります。なぜなら、マイナンバーカードの暗証番号が課題となるからです。
 マイナンバーカードの発行時には、4種類の暗証番号を設定します。コンビニで住民票の写しを取得する際に用いる4桁の数字ならまだしも、今回の申請に必要となる署名用電子証明書用の暗証番号は6〜16桁の英数字であるとともに、滅多に使うことがありません。そのため、実際に多くの方が暗証番号を失念して再設定をする必要が生じました。
 しかも、再設定は役所まで来ていただかないとできない仕様になっています。そもそも、感染症対策として役所への来訪者数を極力少なくするために、郵送やオンラインでの申請受付を行っているにもかかわらず、マイナンバーカードの暗証番号の再設定が役所でしかできないのは、本末転倒です。さらに、再設定の際には役所のシステムから国のシステムへとアクセスする必要があるのですが、国のシステムへのアクセスが殺到したことで数時間待ちになり、役所に行列ができる自治体が出てくる事態となっています。

5 結びに 

 長くなりましたが、以上が給付に時間がかかる理由です。繰り返しにはなりますが、全体への給付が1日でも早く実現できるように、職員一同、全力で対応にあたっていることは重ねてお伝えしたいと思います。
 ただ、結果として給付までに一定の時間を要していること自体は、自治体の長として申し訳ない気持ちでいっぱいです。
 しかし、それでも私は今回のことを前向きにとらえたいと思います。一人でも多くの国民がこの事象を知り、世論が喚起されることで、国会議員が課題として認識することに繋がるからです。ここまで記事を読んでいただければ、いったいどこに不具合があるのかは明白かと思います。

 正しい情報と正しい分析があればこそ、正しい判断ができます。

 私たち国民が選んだ国会議員の方々が、「なぜもっと急がないんだ」という精神論を唱えるのではなく、自治体から上がる無数の声に耳を傾け、それらを分析し、今後に向けた正しい判断をされるであろうと、私は信じています。

 結びに、私たち市町村が、システムを相手に時間を浪費するのではなく、きめ細やかな住民への対応にもっと時間を割けるようになることを切に願い、本記事を終わります。

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