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『羊と鋼の森』を読んで

確か5、6歳くらいから、12歳までピアノを習っていた。6年もピアノを弾いていたらずいぶん上手くなるのだろうと思うけど、全然上手くならなかった。ピアノ教室に行くのが嫌で泣いていたように記憶している。でもピアノを買ってもらった以上、行かないという選択肢はないと思っていたし、行かないと行って親を悲しませたくなかった。

ピアノ教室のピアノはグランドピアノで、ドーンドーンと響き、深い音がした。家のピアノはどちらかというと浅くて、乾いたような音がした。そもそも家のはモノ自体が一番安いモノなので、違うのは当たり前だけど、教室のピアノは深い森で、家のピアノは木がまばらに生えている林みたいだ。この本のタイトルにあるように、森だ。深い何かに包まれているような感じがする。

そんなピアノというまるで生き物のような楽器を調律する仕事。小さい頃、私の家にもおじさんが来てピアノを見てくれていた記憶があるが、具体的に何をしてるのかわからなかったし、何で必要なのかもわからなかった。

ピアノは調律しなければ、少しづつ音が狂ってしまう。弦に強大な力がかかっているので、その緊張を解こうとして弦が緩むそうだ。それをメンテナンスしてくれるのが調律師の仕事。だから、ピアノは一人では完結しない楽器。

この本の主人公、外村は高校時代にピアノの調律師板鳥と出会い、その世界に進むこととなった。調律師として仕事をする中で、外村は先輩やお客さんと共に成長していく。

外村は先輩から調律師としてやっていくために大切なことをたくさん教えてもらっている。先輩の言葉の中でとても印象に残った内容がある。

「才能っていうのはさ、ものすごく好きだっていう気持ちなんじゃないか」

誰よりもそれが好きで、誰よりもそれを長くやり続けた人が才能がある人になれる。好きじゃないと続かないから、好きなことが続くのか。

外村は素直に先輩に質問でき、それを自分の中でいっぱい考える。それは人がいくつになっても大切なことなんだと思った。わからないことは年上年下関係なく、素直に聞いてみたらいいし、それを自分の頭でいっぱい考えたらいいんだ。

この本を読んで、ピアノは人みたいだと思った。ピアノの構造はとても複雑にできている。温度や湿度の変化で音が狂いやすくなる。生きているみたいだ。そして、メンテナンスしてくれる人が必要なのだ。人はひとりでは生きていけない。ピアノもひとりでは生きていけないのだ。



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