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Gagosian Quarterly「Fashion and Art:Delphine Arnault」メモ

LVMH が何か新しいことを発表すると、ケリングは違った新しいことを発表する。そうした企業の競争、切磋琢磨は世界を豊かにし、消費者にメリットをもたらすとされている。だから独占が法律によって禁止されている。これはファッション企業に限った話ではない。

Facebookを解体するべきという意見は、大量のユーザーを抱えるFacebook、Instagram、WhatsApp を持ち、SNS とりわけデジタルのコミュニケーションのほとんどを独占している。Facebookを離脱した利用者は、Instagramで獲得できるため、本質的には囲い込んでいるような状況にある。こうした状況は企業が消費者に対して適切なイノベーションを提供できていないという批判に繋がる。本質的にFacebookが独占していることは何なのか。Facebookを利用しているほとんどのユーザーは金を払っていない。タダで使っているものに独占禁止法が適用できるのか。複雑な状況だが、こうしたことが解体論の根拠の一つになっている。といっても、このようなテック・ジャイアントはそこまで盤石ではないと思う。


メガギャラリーのGAGOSIANのテキスト、LVMH とアートに関して

ルイ・ヴィトンのエグゼクティブ・バイス・プレジデントのデルフィーヌ・アルノー、ルイ・ヴィトン製品に関するあらゆる活動の責任者であり、LVMH の取締役会メンバー、彼女にアート・ワールドとの繋がりや、コレクションにあたって求めていることをインタビューしたテキストを読んだメモを整理しておきたい。

LVMH の執行委員会の紹介ページ


ルイ・ヴィトンとアートとのコラボレーションは多岐に渡る。

そして歴史も長い。ファッションとアートのコラボレーションの元祖では無いけれどコラボレーションを牽引してきたことは間違いない。そして、現代アートのコンテキストから見ても、大きな存在感を持っている。

コラボレーションの多彩さは、このグリッドを見ればよくわかる。

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ブランドを強化するために、それまでのブランドの資産を自由に使っている。伝統ある日本企業や文化が衰退していく中で、欧州のハイブランドは不死鳥のように復活していく。いろいろな手法があるが、例えばイブ・サンローランは、ブランド名をサンローランに変えるなど、ディレクターの責任によって名前までも変えている。

ブランドのレガシー(伝統)に対する冒とくというよりも、再発明と表現した方がいいのかもしれない。ブランドのレガシーを創業者に忖度なく使ったクリエイティブ・ディレクター、ブランドを継承し、表現する自由と大きな責任を持っている。


アーティストとのコラボレーションはカプシーヌシリーズへ。

2019年には、Sam Falls、Urs Fischer、Nicholas Hlobo、Alex Israel、Tschabalala Self、Jonas Woodなどのアーティストに白紙委任状を与え、カプシーヌのハンドバッグを作り直す「アーティーカプシーヌ」を発表しました。(この名前は、1854年にメゾンが最初の店を開いたパリのヌーヴ・デ・キャプシーヌ通りに由来しています)。今年、ルイ・ヴィトンのエグゼクティブ・バイス・プレジデントのデルフィーヌ・アルノーは、「アーティーカプシーヌ」シリーズの第2弾を発表し、Liu Wei、Beatriz Milhazes、Jean-Michel Othoniel、Josh Smith、Henry Taylor、Zhao Zhaoの各氏に、アイコニックなハンドバッグの独自のバージョンをデザインしてもらうことにしました。
In 2019, the brand introduced the Artycapucines, giving artists such as Sam Falls, Urs Fischer, Nicholas Hlobo, Alex Israel, Tschabalala Self, and Jonas Wood carte blanche to rework its Capucines handbag. (The name comes from the rue Neuve des Capucines, the Paris street where the house opened its first store, in 1854.) This year, Delphine Arnault, the executive vice president of Louis Vuitton, announced the second Artycapucines series, inviting Liu Wei, Beatriz Milhazes, Jean-Michel Othoniel, Josh Smith, Henry Taylor, and Zhao Zhao to design their own version of the iconic handbag.

バッグとアーティストとのコラボレーション、ブランドの再発明あるいは再発掘とでも言うべき取り組み。


アーティストとのコラボレーションバッグを実際に使っているのか?という質問は、ブランドのコラボレーションに対する姿勢を伺う質問だと思った。

一つのバッグにつき200個の限定生産で全てのバッグにシリアルナンバーが入る。そうした希少性をインストールしたバッグは、既にアーティストのエディションもの作品と言える。アート作品であるバッグを実際に使っている顧客はあるという。けれども慎重に使っているだろうということ。

希少性とブランドの信頼性を具備したコレクター・アイテムとなっている。

カプシーヌのシリーズは2回行われ、それぞれ6名のアーティストが選ばれている。つまり全体で2,400のバッグが作られたが、店頭に並ぶ前に完売しているらしい。全てのアーティストとのコラボレーションを買う、アーティストの元々のコレクターがアーティストの作品としてコレクションに加えるために買う。そうした二種類のコレクターが、バッグを購入している。ブランドとアーティスト、お互いに買ってくれる人が広がっている。

この希少性の相乗効果は、バーキンへの対抗かもしれない。

高級ブランドは大変だ。希少性によってブランド価値を維持しつつも、毎年毎年数字を作っていかねばならない。売上を上げるための量を供給しなければならない。そうして薄められた希少価値は、未来の数字を作るハードルを更に上げてしまう。


美的センスの答え合わせ、その答えにある程度の保険をかけてくれるブランドの価値、そうした役割を求めている人は多い。

前職の創業社長は、全身アルマーニだった。人と会う際に、きちんとしていることが必要で、自分でそうしたメンテナンス(ファッションセンスとしてのTPOを身につけること)をするのは大変だから、アルマーニのブティックに行って、全身お任せにする。そうしてブランドと上級のサービスとで、社長の外観を作っていくが、それは危ういアイデンティティのように見える。



ルイ・ヴィトンとアートの評判は、最初のコラボレーションのインパクトと成功によってもたらされたと考えられる。スティーブン・スプラウスのモノグラムの落書きは様々な人に衝撃を与えた。

デルフィーヌ・アルノーは、ルイ・ヴィトンとアートとのコラボレーションはスプラウスが最初ではないと言う。ルイ・ヴィトンの孫のガストン=ルイ・ヴィトンが最初にアートとコラボレーションを初めた。100年近く前の20世紀前半のことと説明する。抜け目なくブランドのレガシーと関連付ける。

スプラウスに加えて様々なアーティストとのコラボレーションを発表したのはアーティスティック・ディレクターを務めていたマーク・ジェイコブスだった。

マークは重要なコレクターであり、驚くべき眼力を持っています。彼はこの眼力をヴィトンにもたらし、コンテンポラリー・アートの世界に新たな繋がりをもたらしたのです。
Marc is an important collector and has an amazing eye, which he brought to Vuitton, creating an incredible new link to the world of contemporary art.

特に村上隆とのコラボレーションは長く続き、クリエイティブ・ディレクターを退任するまで続いた。発売終了によって強化されたのか、今でも高いプレミアがついているらしい。


インタビュワーは、こうしたコラボレーションの中で、最もショックを受けたものは何かと質問する。デルフィーヌ・アルノーはその質問にスプラウスのグラフィティと答えた。伝統的なルイ・ヴィトンのモノグラムが落書きされた時の衝撃を語った。

スプラウスとのコラボレーションは、多方面のメディアでモノグラムが汚されたという、まさにニュースがあった。ポジティブな形容でありデルフィーヌ・アルノーは、”超かっこいい(super cool)”と思ったという。今までとは違う新しいものだと驚いた。そして、彼女をしても、あのバッグの入手は困難だった。こうした錬金術的な手法がある。

当時、私はディオールで働いていたのですが、ジョン・ガリアーノがスプラウスのバッグを持って入ってきて、みんなで「これはかっこいい商品だ」と思ったことを覚えています。
At the time, I was working at Dior, and I remember the day John Galliano came in with one of the Sprouse bags and we all thought it was such a cool product.

こうした逸話を散りばめるあたり、ブランドを率いる役員として抜かりがない。


「アーティーカプシーヌ」シリーズは、コラボレーションするアーティストをどのように選んでいるのか。

常に私たちのプロセスに影響を与えてくれるアート・ワールドの人達、アーティストやアドバイザーやその他の人々と会話を続けています。今日のアート・ワールドを代表するような強い視点を持ったアーティスト達を探しています。もうひとつのポイントは、世界中のあらゆる場所から集まっているということです。第2弾のシリーズは、フランス、アメリカ、ブラジル、中国から2人(合計6人)のアーティストが参加しています。
The House is constantly in ongoing conversation with people in the art world, including artists, advisors, and other people who inform our process. We try to find artists who represent the art world today and have a strong point of view. Another key factor is that they’re from all over the world. In this second wave we have artists from France, America, Brazil, and two artists from China.


コラボレーションをする際にアーティストに制限を設けているのか?という質問に対しては、アーティストに全権を委ねているという。これは重要なこととした上で、アーティストの解釈を見たいためだという。引き合いに出されたのは、ウルス・フィッシャーのバナナだった。

このシリーズ、アーティストにとっても緊張感がある。シリーズ展開しているバッグ、否応なく、比較という目にさらされる。ただ、そうした視点は、凡人の発想なのかもしれない。

バッグのデザインプロセスは、アーティストによって様々だという。

スタジオにデザイナーが訪問したり、アーティストがパリにやってきたり。ルイ・ヴィトンのアトリエでアーティストから送られてきた図面に基づき作業を行う。緻密な作業はバッグ作りにとってポジティブな結果をもたらす。デザイナー達の限界を押し広げるという。

「アーティーカプシーヌ」のコラボレーションは、私たちが一緒に仕事をする才能ある人々のアーティスティックなビジョンと、ルイ・ヴィトンの職人たちの熟練したノウハウとの出会いなのです。
The Artycapucines collaborations are the encounter between the artistic vision of the talents we work with and the expert savoir faire of the Louis Vuitton craftsmen.

これぞ、まさにコラボレーション

クリエイティブな領域、モノづくりがないと難しいかもしれないが、アーティストとの仕事は、既にビジネスになっている。アート思考として分離する考え方と、ビジネスそのものがアートであるという考え方、これだという定義はないが、気がついた人から変わっている。ルイ・ヴィトンの場合、伝統的なブランドのアイコンを任せられるアーティストの選択こそが大仕事だろう。以下のnoteで引用したマネックスグループCEOの松本大氏の言葉を再掲したい。

アートを社内に飾ったからといって社員の特別な能力が伸ばせるわけではない。アートは音楽や文学と同様、一般教養の1つにすぎないからだ。ただ1つ利点を挙げるとすれば、社員が多様性を解するようになるかもしれない。


コレクションとコラボレーションの質問、どちらの場合もアーティストを探すときは同じプロセスなのか?という問いかけに対して、ブランドに親近感を持っているアーティストと仕事をするようにしていると応じる。シンディ・シャーマンは、ファッションに関心があり、一緒に仕事をしている。フォンダシオンで大規模な回顧展も開催されていた。その様子は、エスパス ルイ・ヴィトン大阪でもアーカイブとして提示されていた。

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例えばフランク・ゲーリーはファッションにとても興味を持っていて、彼との仕事は素晴らしいものでした。(中略)彼が「バッグを作りたいが、直線は1本しかない」と言ったんです。それは大変だなと思いました。しかし、職人がそれをやり遂げ、最終的には素晴らしいデザインになりました。このプロセスで重要なのは、想像力を働かせることです。
Frank Gehry, for example, is very interested in fashion, and working with him was incredible. [...] He said, “Okay, I want to do a bag but it can only have one straight line.” And we thought, Well, that’ll be a challenge. But the craftsmen did it and it was an incredible final design. A big component in this process is to have a lot of imagination.

先程のマネックス社長の言葉とも通じる。アーティストとのコラボレーションにどれくらい関わるか、見る、体感する、一緒に作り上げる。そうしたアーティストとの関係性を通じて、得られるものも変わってくるだろう。

ルイ・ヴィトンは単純な商品開発に限定されず、アーティストの選定から始まり、プロセスの初期の段階からブランドに好影響を表している。だからこそアーティストの選定そのものがブランドとの伝統との相乗効果を表すのかを考える。よく知られたルイ・ヴィトンだからこそ成立するとみるか。

あるいはアーティストに自分達の仕事を伝えて理解してもらう。そうした取り組みをするだけでも、コラボレーションとして意味があると思う。

この世代の現代アーティストと仕事をして、彼らの意見を聞くのは面白いと思います。彼らは世界中から集まっているので、世界で何が起こっているのか、それが自分の作品にどう関係しているのか、彼らの見解を聞けるのはありがたいですね。
I think it’s interesting to work with contemporary artists who are of this generation, and to get their view. They come from all over the globe and I appreciate having their view on what’s happening in the world and how it relates to their work.


結局、本人がコレクションに選ぶ基準は聞けなかったみたい。インタビュー記事には、そうしたことが書かれていなかった。

パンデミックや戦争など、困難な瞬間の後には、いつもクリエイティビティが高くなるものです。この後、何が起こってくるのか、アーティストがどのように作品に反映させていくのか、とても興味があります。クリスチャン・ディオールを見てみましょう。彼は第二次世界大戦直後の1947年に自分のブランドとニュールックを作りました。非常に困難な状況の後には、常に多くの創造的なことが起こるものです。
After the moment of a pandemic, or a war, or other difficult moments, creativity always comes in high. I’m very interested to see what’s going to come after this and how artists are going to relate to it in their work. Look at Christian Dior: he created his brand and the New Look in 1947, just after World War II. There are always a lot of creative things happening after very difficult moments.


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