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アートとマーケティングとプラットフォーム

少し古いニュースだけど気になったので、備忘のためにメモを残しておきたい。2020年の7月にSINGULARTが月間売上2億円になったという記事を見た。2019年からこのサイトを注視していたが、そこまでの売上規模だと思わなかった。12億円の資金調達にも成功したという。

日本向けのセールスも月間1200万円ある。販売価格は3万円から400万円であり、7500人のアーティストが参加しており、日本語を含む10か国語でアートを購入したい人の相談に乗ることができる。ECで購入する際の不安を取り除くため全世界に送料無料で、14日間なら返品も可能だという。返品送料も無料という手厚さ。

このサイトを注視していたのは、ネットでアート作品を買うとはどういうことかを知りたかったから。

こうしたサイト、国内ではtagboatを連想する。

このテキストから売上は好調なようだが、具体的な数字は語っていなかった。メールマガジンの開封率とあるので、KPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)を設定し、管理しているものと推測する。


SINGULARTで、とある作品に対して問合せをしたところ、日本語で素早く返事が返ってきた。問合せをしたアーティストの新作や、他の作品の案内はもとより、テイストが似ている他のアーティストも紹介してくれた。こうした取り組みにあたってデジタルマーケティングが導入されていると推測する。リコメンデーションと呼ばれるソフトウェアは画像認識や属性情報から、関連商品を自動で提案することができる。

ある訪問者が、自社サービスの何かに興味を示したとき、その興味を深掘りするか、周囲に広げていくかは、扱っている商材によって変わってくる。ビッグデータを活用する場合、購買に至った客の行動と照らし合わせて、その訪問者がどのようなステージに居るのかを判別する。購買に至るまでの情報の提供の仕方をなぞらえて購買に至ればゴールになる。ツールによって使い方の違いはあるけれど、おおよそデジタルマーケティングで購買促進をするとこうした動きになる。

社員は21か国から集まっていて、言葉はもちろん、それぞれの文化的な背景なども取り込みやすいのでしょう。そこにデジタル技術が掛け算されていると想像する。


プラットフォームについて整理しておきたい。プラットフォームとは、複数の売り手と複数の買い手をマッチングさせる機能を有する。デジタルに限らずプラットフォームは存在していて、例えば新聞は読者と広告主の出会い(マッチング)を提供している。新聞もプラットフォームと考えると、古くて新しい概念と言える。ITの仕組みはマッチングに優れている。Uber Eatsも配達をして手数料を稼ぎたい人、食事を届けて欲しい人、デリバリで売上を上げたいレストランをマッチングしている。

ここ数年マッチングの精度が上がってきた。売り手と買い手を引き合わせるために、AI(機械学習)を使うこともできるし、膨大なプレイヤーを瞬時に引き合わせる検索技術も洗練された。一度見た商品の広告が追いかけてくるのは、こうした技術が支えている。

SINGULARTは、先の記事によれば、100か国以上から7500人のアーティストの作品を扱っている。そして10か国語で対応し、80か国以上に販売している。アート作品とアート作品を買いたい人とのマッチングを行うプラットフォームである。少し強引で、乱暴な言い方になるが、売り手と買い手の顔が見えない商取引であると言える。ちょっと抽象的な表現かな、買う側としてはプラットフォームにあるアーティストの情報を参照することができる。顔写真、スタジオ、来歴などはあるが、それをじっくり読み込む人がどれほどあるのだろうか、よく分からないというのが実情ではないだろうか。

少し前、Twitter でアート作品をマーケティングできるか、という問いかけがあった。アート作品は(大抵が)ひとつであり、マーケティングにはそぐわないというような議論が展開されていたと記憶している。確かにその通りで、とあるひとつの対象物を売ろうとした場合には、とても大変な苦労が伴う。それが複数あるいは複数種類あるなら、どれかは売れる。ここにマーケティングの余地がある。売り手としては様々な買い手の出現を想定し、売るべきものを用意したい。ただし、無節操に売るべきものを増やしていくと品揃えは競合と似てきてしまい競争力を失ってしまう。買い手としては、なぜ、その売り手から買う必要があるのかという問題が顔を出す。売り手はサービス品質、価格によって、その期待に応えようとする。デザインを活用した差別化としてブランディングもあるが、それは別の話だと思う。差別化は商品にも注目することになるが、ここではアート作品を考えているので、商品そのものについては言及しない。(作品を商品と呼ばれることに抵抗感があることは知っている。)


アートのマーケットプレイス、そこに組み込まれたマーケティングエンジンは、いくつかの作品を見て好みを把握されたら、次々と趣味に合う作品が提案されてくる。こうなったらもう逃げられない。商取引ならともかく、こうしたメカニズムを政治利用することもある。この辺りの問題を可視化していたのはヒト・シュタイエルだった。


アートを買いたいという向きにとっては、こうしたプラットフォームで好みを選んで提案されるから、サイズと予算を考慮しつつ選んで買うことができる。必要に応じて第一言語で相談にも乗ってくれる。これは便利だと思う。

こうしたプラットフォームは、価格の透明性を確保したことが大きい。デジタル化が進み、ネットで作品を買う習慣が広まった。そうした背景からも価格を明示するようになったけれど、人気のトップアーティストの場合は Ask としていることも多い。

価値の測り方のひとつ、経済的価値は数字で評価されるし分かりやすい。



プラットフォームの価値は、売り手、買い手の数に比例する。故にプラットフォームは集客機能を強化し、幅広い趣味に応えるための品揃えを強化する。売り手は、自身だけではリーチできない層にアプローチすることができる。買い手は、様々な売り手を一か所で参照し、選択することができる。そうして両方のプレイヤーが、プラットフォームに益々流入していくことになる。

プラットフォームを活用することで、売り手は自前で実施する際のコスト負担から解放される。最近は、無料あるいは低コストでECサイトを構築することができるが、サイトの構築(デザイン)、運用・保守、利用者からの質問対応、注文の処理、クレーム対応などを行う必要がある。ただし、プラットフォームに依存することは、戦略を握られ、そこから離れられなくなる。

現時点の考察だが、こうしたプラットフォームにとっては、売り手は代替可能と見なされているのではないだろうか。




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