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レイ・ブラッドベリ『華氏451度』 読書メモ

思索の深いところまで辿り着けないようにする。国家あるいは社会が、そのように判断した時に本を燃やす。

華氏451度とは、本が燃える温度という。

大衆に考えさせることを放棄させた世界、考えさせないように、人と人との対話ではなく、即興的な刹那的な情報消費をさせる。それでも考える人は出てくる。そうした人を次の世代までつなげないようにするためか、考えさせないような社会になっていた。防火技術の進展によって火事がなくなった世界、本を焼く昇火士という職業がある。今の世界の消防士とは逆の役割を持った。本に火をつけて焼き払ってしまう人達が活躍している。

2014年の新訳版を読んでみた。


最初の章は、誰かの潜在意識の中なのか、夢を見ているのか、物語として繋がっているようで散文になっている。読み出しから数十ページに至るまで、そんな印象をもった。それほどページ数は多くないが、読み進めるのを拒絶するかのような錯覚を受ける。その章の中では本を燃やしている。

一般大衆は自分がほしいものをちゃんと心得てるので、上機嫌でくるくる舞いながら、コミックブックはしっかり押さえて手放さなかった。それから、もちろん立体のセックス雑誌もだ。見てのとおりさ、モンターグ。これはお上のお仕着せじゃない。声明の発表もない、宣言もない、検閲もない、最初から何もないんだ。引金を引いたのはテクノロジーと大衆搾取と少数派からのプレッシャーだ。PP.97-98

反対意見が寄せられた本は燃やしてしまえ。少数のグループにとって都合の悪い本は燃やしてしまう。規制対象の本は見つけ次第焼き払う。本を持っているだけで犯罪者のような、そんなディストピアな社会が展開していく。

物語の冒頭、少女が主人公に語りかけてくる。その子もいつの間にか物語から消えていく。まるで焼かれた本が、知識とともに消え去ったかのよう。

あの子は物事がどう起こるかではなく、なぜ起こるかを知りたがっていた。P.102

ともかく考えることを放棄させた社会、民衆を思い悩ませたくなかったら、問題に二つの側面があるなどと言ってはならない。データを覚え込ませることで、考えることを記憶することにすり替え、競わせておけばいいという。

哲学だの社会学だの、物事を関連づけて考えるような、つかみどころのないものは与えてはならない。そんなものを齧ったら、待っているのは憂鬱だ。(P.103)

民衆は、次々と提示されるコンテンツを消費していればいい。学んでしまったがために思い悩むことをしないように、

自動的な反射作用でできる、ありとあらゆるものってことだ。(P.104)

こうしたコンテンツを消費していれば幸せだと、主人公の上司が話す。

陰気で憂鬱な哲学の激流で世界を溺れさせるわけにはいかんからな。(PP.104-105)

これが彼の使命感なのだろう。

NHKの100分 de 名著の解説では、啓蒙は暴力的でもあると解説されていた。今のままで満足している民衆を啓蒙するということは暴力にも等しいということ。


迷うときには、その迷いに真剣に向き合い続けることで、答えのようなものが向こうからやってくる。主人公は元大学教授と邂逅する。

事実については話さない。(中略)事実の意味をこそ話す。P.125

二章の後半、物語が最高潮に盛り上がる。知とは何か?そうしたことへの向き合い方が水流のように続いていく。

細部を語れ。生きいきとした細部を。すぐれた作家はいくたびも命にふれる。凡庸な作家はさらりと表面をなでるだけ。悪しき作家は蹂躙し、蝿がたかるにまかせるだけ。(P.139)

本には命があるという。毛穴があり、呼吸をする。


本には本質が秘められている。本に対しては、人は神のように振舞うことができる。テレビはそうはいかない。一度その魅力に取りつかれたら、その鉤爪は見る人を掴んで離さない。(中略)学んだことを嚙みしめる余暇が必要になる。暇な時間ではなく考える時間、一方的にコンテンツを消費しているだけでは、議論をすることができない。(中略)そして、学び、考えたら、行動に移す。(PP.139-142)


本書を読んでいて、アルジャーノンに花束を思い出した。こちらも新訳版が出ているな。

今の人工知能ブームの前のブームの終わりくらいだろうか、記憶の仕組みを調べている際に、倫理の先生だったかな、人工知能研究のために読んでみるようにと勧められた。

勉強するということは不可逆なことなのだろうか。アルジャーノンに起こったことは個人的なことだったが、モンターグの世界は、二度の核戦争を経験し、本を焼くことを選択した世界だった。知ってしまったが故の苦悩、それを知らしめなければならないという啓蒙の暴力性、焚書の暴力性、対象的な事象が静から動へと展開していった。

いただきましたサポートは美術館訪問や、研究のための書籍購入にあてます。