眠れないとき

眠れないとき、わたしは、布団の中で空想する。

例えば、今わたしは、とても高い橋の欄干の上で、今にも落ちそうなところをぎりぎり保っている。体を真直ぐにして、「きっと少しでも身動ぎしようものなら真っ逆さまだぞ」と自分を脅して。このまま少し右を向いて仕舞えば、わたしは暗い川へ落ちて行き、そのまま眠りについて仕舞えるのかもしれない。朝が来たら陽光に誘われて川の底からぷっかりと浮かび上がってくるのかも。もしくは、深く深く沈んで二度と目を覚まさないのかも。このまま左を向いてしまえば、わたしは硬いアスファルトに身体をぶつけ、痛い痛いと嘆きながらも思考を続けられるのかもしれない。

例えば、今わたしは、エベレストの頂上にいる。かつてないほどの達成感、歓び、開放感に満ち、わたしを助けてくれた全ての人々に感謝している。筆舌に尽くし難い絶景の中で歌を歌う。これ程の幸せを味わうことは、きっともう一生ないだろう。きっとこの日をずっと忘れない。思い出しては嬉しくて堪らなくなる。ああ、今にも叫び出したい。わたしの下には、数え切れないほどの死体が埋まっていることを、わたしは知っている。

例えば、今わたしは、仕事終わりのサラリーマンでいる。今日は華金で、これが終わったら飲みに行けるとうきうきしていたが、やっぱり定時であがることなどできなかった。デスクワークは肩が凝る。腕がうまく上がらないことに気づき、歳だな、などと独りごつ。ネクタイを弛めて、さて、気晴らしに焼き鳥が美味い居酒屋にでも行くか。幾らか飲んで、酔って歩きたくもないのでコンビニで追加の酒を買う。家に帰ると、とりあえずテレビを点け、さっき買った酒とつまみを開ける。新商品も気になりはしたが、いつものが一番。最近のタレントは誰も同じ顔に見えるし、何が面白いのかもさっぱり解らん。ああ疲れた。とりあえずは満足したし、横になろう。すぐ眠れるはずだ。

こんなことを考えていたら、もう3時。少し息がしやすくなったし、涙も止まった。おやすみなさい。

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