訳アリ食堂

あなたは誰にも言えない訳がありますか?
聞かせてください、女将のお眼鏡に叶えば、定食はタダで提供いたします。

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『訳アリ定食お出ししています。訳アリの方は無料です。』

なんだこれ。

午前の仕事が落ち着いて、普段とは違うランチにしようと思い大通りとは外れた小道に入ってみたら、そんな看板が立っていた。

「訳アリの人は無料な訳アリ定食…?」
怪しげな店だと思ったが、店からは美味しそうな匂いがして、外回りの空腹男にはそれだけで入る理由にするには十分だった。

「ごめんくださーい…」
「いらっしゃいませ、お一人ですか?お好きな席へどうぞ。」

割烹着を着た女性がカウンター越しに話してきた。
自分以外客もおらず、ランチの混む時間帯は過ぎていたので二人掛けのテーブルに座る。
店内はカウンターが4席、テーブルが2席とこじんまりしているが、掃除が丁寧に行き届いているのと余計なものが置いていないからか、いつもいくチェーン定食の店より広く感じた。

壁にはラーメン屋のようにメニューの札があって、からあげ定食やカツ丼など定番メニューが並んでいた。

一番端には『訳アリ定食 無料』とあった。

「すみません、注文を…」
「はい、なんにしましょうか?」
「この訳アリ定食って、頼めるんですか?」
「どんな訳がおありですか?」
「えっ」
「ですから、どんな訳がおありですかと聞いています。」

驚いた。まさか料理の注文をして質問をされるとは。ここは某童話のように注文される定食屋なのだろうか。
「すみません、少しいじわるでしたね」
料理をしていた手を止めて、女性がいたずらっ子のような顔でこちらを見てきた。
入った時は未亡人のような謎の艶を感じたが、どこか少女らしさもある。

「ここの料理ね、全部見切り品とか規格外れでスーパーとかでは売り物にならない食材を使ってるから、基本安くしてるんですよ。でもね、訳アリ定食だけは違うんです。」

そういって、女性が一つの小鉢を出してきた。
マグロの漬けだろうか、普通に美味しそうではあるがスーパーで売っているものと大きな差は感じなかった。
「一口どうぞ。」
勧められ、箸をとる。
「いただきます。…!!!」
なんだこれ、めちゃめちゃうまい。
取引先との接待で美味い魚料理は山ほど食してきたが、こんなに美味い漬けを食べたのは初めてだった。
「美味しいでしょ?」
「めちゃめちゃ美味いです!!訳アリっていうから、むしろ訳アリ食品かと思ってたのに…」
「そう、この定食は特別美味しくしてるんですよ。なんせ貴重な訳を聞かせていただきますからね。」
「どういうことですか?」
質問すると、まだ女性が少し意地悪そうに笑う。
「訳があるのはお客さん。家族や友人、知り合いには絶対言えないような訳を聞かせてもらう代わりにタダ。だから訳アリ定食なんですよ。でも、残念ながらお兄さんはダーメ。」
「え、なんでですか。」
「綺麗なスーツ、整った髪型、健康的な肌と体形。こんな時間にすすけた店に来て、外回りでランチの時間を外したってとこかな?時々迷い込んできたように来るんですよ。何一つ不自由なく暮らしてて、恵まれてそうな人たちがね。しかもこんな怪しい定食の話を真剣に聞いてくれてる。素直で良い子なんだろうね。」

褒められてるのか、けなされているのか。とにかく俺では訳アリ定食を出すに値しないということだけは分かった。
帰ろうかとも思ったが、空腹で小鉢だけ試したとあっては余計刺激になってしまった。
「分かりました。じゃあ、からあげ定食一つ。」
「はい、もう出来てますよ。」
「え、なんで」
「メニューの札、からあげ定食見てる時間が一番長かったからねぇ。看板にひかれたんだろうけど、本当に食べたいものは違うでしょ。あと意地悪したお詫び。」
定食には多分おまけであろう小さいどら焼きが添えてあった。スーパーでよく見る小分けのやつだ。
確かにからあげは大好物だけど、こんな短い時間でなんでも見抜かれると少し怖い。だんだん女性が不気味に思えてきたが、空腹のピークどころではなかったので勢いよく箸をとった。

うん、やっぱり美味い。さっきの話だと、この唐揚げ定食ははじきものとか訳アリ食材で出来ているのだろうが、衣がからっと揚がっているし口にすれば肉汁も感じられ、スーパーに並ばないもので作ったとは思えない。
しかも値段は300円。唐揚げ5つにご飯、味噌汁、お新香もついている。いくらなんでも破格すぎやしないか。この店やっていけるのか。

「ご馳走様でした。美味しかったです。」
「はい、どうも。」
「あの、これまで訳アリ定食を食べてきた人はどんな訳があったんですか?」
「それは内緒。タダで出してあげてるけど、個人情報ですからね。みんな大事なお客さんだから。…まぁ、大なり小なり人生の機微を見れるものではあるかな。」
「そうですか…いつか僕にも食べれる日がくるでしょうか?」
「うーん、来るかもしれないし、来ないかもしれない。でも、できれば来ない方が私としては嬉しいかな。」
「それってどういう…」
言いかけた時、仕事の携帯が鳴った。上司からの呼び出しだ。

「今日はここまで。またいらっしゃい。唐揚げ定食気に入ったでしょ。」
「またばれてる…。はい、訳アリ定食食べれる時までは唐揚げ定食でお願いします」

さすがに仕事に戻らないといけないので、店を出ようとしたら次のお客さんが来た。
「こんにちは…訳アリ定食一つ」
「はい、待っててね。」

「え、今訳アリって…」
「ほらお兄さん、上司から呼び出されてるんでしょ。さっさと戻らないと説教されるよ。」
だからなんでそこまで分かるんだ。
そういってる間にまた上司から急ぎのメッセが来ている。訳アリ定食を頼んだお客さんのことがすごく気になったけど、今日のところは店を後にした。

「…初めてみる顔でしたね。」
「そうですね、訳アリ定食の看板を見て入ってきたんですよ。結局からあげ定食出しましたけど、満足してましたよ。」
「女将さんの料理は、一度食べると離れられないです。」
「あんまりやみつきになられても困りますけどねぇ。いつか唐揚げ定食も作りますよ。」
「約束ですよ。」
「もちろん。さ、できましたよ。」

女将が訳アリ定食を差し出し、店ののれんを下げに行った。
15時、とっくに他の店はランチ終了の時間だ。

客の隣に座って、静かに微笑んで言う。
「さて、聞かせてくださいな。あなたの訳をー…」


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将来ずっと独身だったらフードバンクやおつとめ品食材募って儲からない定食付きカウンセリングルームでも開こうかと思い、それを題材に書いてたら謎のミステリーなプロローグが出来上がってしまいました。
とりあえず、山もおちもないけど投稿。

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