見出し画像

あなたの幸せを願うこと

このお話は百瀬七海さんとのコラボ小説になります。
note学園シリーズ(?)、まずはこちらをお読みください。


5時間目の国語が始まっても、空いたままの2つの席。
note学園の生徒は真面目な子が多い。授業をサボる生徒なんてめったにいないから、初めは少しざわついたけれど、
「涼子・・・桜木さんは頭が痛いと言って、山内くんが保健室に連れて行きました」
私が先生にそう言うと、教室はすぐ静かになった。
教壇から見えないようにスマホを取り出し、涼子にこっそりLINEを送る。
「6時間目はちゃんと出なよ」
すぐに「OK」のスタンプが返ってきたことを確認して、スマホをしまった。
淡々と授業が進む。教科書を読み上げるクラスメートの声をBGMに、私は頬杖をついて窓から見える景色を眺める。
桜はいつの間にか散ってしまった。今は緑の葉がやわらかい風と五月の光を浴びて、揺れながらきらきらと光っている。


結局、涼子と山内くんは6時間目にも、その後のホームルームにも戻ってこなかった。
教科書もカバンも置いたままだったから、帰ったわけではないと思うけれど。
スマホを確認する。涼子からの連絡はきていない。
「どこにいるの?」

山内くんと一緒なの?

そう打ちかけて、文字を全部消した。
小さくため息。カバンに荷物をしまい、立ち上がって廊下に出た。

「河合」
後ろから名前を呼ばれて振り返った。
「松下先生」
「珍しいな。今日は桜木と一緒じゃないのか」
「涼子、午後の授業をさぼってどこかに行っちゃったから」
そう言ったとき、松下先生がわずかに顔をしかめたのを私は見逃さなかった。
「先生。涼子に何か言ったの?」
問い詰めるように尋ねると、松下先生は頭をかきながら昼休みの出来事を話してくれた。
昼休みに涼子が数学準備室にやってきたこと、途中で高宮先生がお昼を一緒にとお弁当を持って来たこと、そのまま高宮先生と話が弾んで涼子は置き去りになってしまったこと、予鈴が鳴って涼子が部屋を出ていったこと。
「高宮先生も気にしてた。桜木に悪いことしたって」
松下先生のその言葉に、私は松下先生の高宮先生への気持ちを感じ取ってしまった。
そうか。涼子も気づいたんだね。
そして、そのことに、山内くんも気づいたんだね。

職員室に戻るという松下先生と途中まで並んで歩くことにした。
「ねえ先生。先生は、高校生の頃、好きな人いた?」
「突然だな。何だ?河合は今、誰か好きなやつがいるのか?」
笑顔で私の質問をかわすように尋ね返してくる松下先生。何で笑うの。
「ちゃかさないで。真面目に聞いてるの」
口調がきつかったかもしれない。松下先生は驚いたように立ち止まり、私の顔をじっと見た。
「そうだな。・・・いたかな」
そう言って、目をそらす。そして今度は照れたような笑顔。
再び並んで歩きだす。
「ねえ先生。その人には、気持ちを伝えた?」
「いや。言わなかった」
「何で?」
「どうだろう。もう10年以上前の話だからな」
そこで職員室の前についてしまった。扉に手をかけ、中に入ろうとする松下先生を私は引き止めて尋ねた。
「先生。その人に気持ちを伝えなかったこと、後悔してる?」
松下先生はしばらく考えるように黙って、それから
「してないよ」
ゆっくりと言った。
「何で?」
意味が分からなくて、聞いた。
「その人は今、幸せだから」
やっぱり分からない。
「何で?」
「何で何でって、俺の授業でもそれくらい真剣に質問してくれると嬉しいんだけどな」
松下先生は少しあきれたような顔をした。
「何での答えその一。その人は俺の親友と高校時代、ずっと付き合っていた。その二。その人は去年、俺の親友と結婚した。俺は二人の恋をじゃましなくて良かったと思ってる」
そういう形の恋もあるんだよ、と言って、松下先生は私の頭をくしゃっとなでると
「じゃあな。気をつけて帰れよ」
そのまま職員室に入っていってしまった。
ぴしゃん、扉が私の目の前で閉められた。


家に帰ってから自分の部屋にこもり、私は松下先生の言葉の意味をずっと考えていた。
先生は、好きな人に思いを告げなかったことを後悔していないと言った。その人の恋をじゃましなくて良かったと言った。
そうなのかな。そう思えるものなのかな。
涼子のことを思う。
あの子の松下先生への恋心を、私は始め、大人の男性に対するありがちな憧れだと思っていた。でも、涼子は本気だった。私はいつも涼子と一緒にいたから、そのことが分かった。そして、いつも涼子と一緒にいたから、山内くんの涼子への気持ちにもすぐに気がついたんだ。
「山内くん、よく実夏のこと見てるよね」
涼子は気づかない。山内くんが私を見ているのは、隣りに涼子がいるからだということに。私に話しかけてくるのは、隣りで涼子が楽しそうに笑うからだということに。
そして、涼子は気づいていない。私が、涼子しか見ていない山内くんに、いつの間にか恋をしていたことに。

机の上に置いてあったスマホが、鈍く震えて通知を知らせた。のろのろと手に取り画面をタッチする。
涼子からのLINEだった。

「今日はごめんね。急にいなくなって」

私は返事を返す。
「それはいいけど。大丈夫?」

「うん。いっぱい泣いたけど」
泣き顔のスタンプ。続けて、
「失恋って、お腹すくよね。帰りに山内くんがお好み焼きおごってくれたよ」

そっか。やっぱり山内くんと一緒だったのか。でも、涼子がひとりぼっちで泣いていたのではないことに、どこかほっとしている自分もいる。

「明日は学校、ちゃんと来なよ」
と送ったら、
「目がぱんぱんに腫れてると思うけど、笑わないでね!」
即座に返信が届いた。
続けて送られてきた画像を見て、私は思わず「うわ!」と声を上げてしまった。
本来はぱっちりした二重のはずの涼子の目が、別人のように腫れている。
今ごろ必死で目元を冷やしている涼子を想像したら、何だか笑いがこみあげてきた。


ねえ、松下先生。
何となくだけど、先生の言うことが分かったよ。
私、山内くんのことが好きだったけど。ううん、今も好きだけど。
泣いている涼子を一生懸命励ました山内くんの努力が、報われて欲しいと思ったの。
好きな人に幸せになってほしいと思う気持ちが、ちょっとだけ分かったの。


ねえ、涼子。
明日は絶対、学校においでよ。
目が腫れてても大丈夫だよ。
私も、きっと明日は、涼子と同じくらいか、それ以上に、ぱんぱんに腫れた目をして登校するから。


***

毎回誰かが「アイラブユー」を自分なりに伝えたり感じたりしていく物語。ゆっくりとですが、七海さんと紡いでゆくお話を楽しんでいただければ幸いです。

これまでのお話はここに。


いただいたサポートを使って、他の誰かのもっとステキな記事を応援したいと思います。