僕を導く星は輝く #クリスマス金曜トワイライト

教会の天井まで伸びるステンドグラスにパイプオルガンが響いている。綺麗な聖歌が遠くから聞こえてきた。
ずっと昔、よく似た夢を見たことがある気がする。 だとすると、これはその夢の続きだろうか。
そうだったら良かったのに。
夢ならいつかは覚めるものだから。
そのときには、僕の隣りには君がいるはずだから。微笑みながらそっと寄り添っていてくれるはずだから。


***

クリスチャンでもないのに、いいのかな。
大丈夫、神様はそんなに心狭くないよ。
そんな軽口を言い合いながらふらりと立ち寄った教会だった。
重い扉をそっと押してみると、いきなり明るい光に包まれて驚いたっけ。
大きな窓から太陽の光が差し込んで、それがあまりにも幻想的で。

ねえ。いつかこんな場所で、できたらいいな。
何を?
・・・結婚式、なんちゃって。うそ、冗談。

どうして君はいつだって、大事なことを冗談にしてしまうんだろう。
君の唯一の悪いくせだ。まるで幸せになることを怖がっているみたいに。

・・・しようか。
・・・何を?
結婚式。
手を伸ばして、君が首に巻いていたスカーフの結び目をそっとほどいた。
驚いた顔の君の頭にかぶせれば、ほら、ベールの代わり。
僕はゆっくりと君に口づけた。

あの日、教会を出て歩く僕たちの影が長く伸びていた。
僕たちは手を繋いでいた。僕たちの影も手を繋いでいた。
ふたりでゆっくり、ゆっくり歩いた。
川沿いの道はどこまでも続いていた。

ねえ。今、私、すごく幸せ。死んでもいいくらい。
そう言った君の頬があのとき赤く染まって見えたのは、きっと夕焼けのせいだけじゃなかった。


***


おなかすいたね。
歩き疲れた僕たちは、通りに面したバルを見つけ、案内されるまま窓際の席に座った。
まずはビール。それから生ハムとチーズを注文して。
ブルーのエプロンが似合う優しそうな顔の店員さんがビールを静かに置いてくれたね。

乾杯。

何に?二人の未来に?
グラスをぶつけながら、ふざけたように君が言った。
そうだね。
うまく声が出なくて咳払い。おもむろに姿勢を正した僕に君は戸惑いの表情を浮かべていたっけ。
ふたりの間にふいに落ちた沈黙。
僕は静かにポケットから指輪の入った青い箱を取り出した。
・・・結婚してくれるかな。
メッセージカードを添えて、君の前にそっと置いた。

・・・はい。
あのときの君の声は聞き取れないほど小さくて。
でも、瞳いっぱいに涙を浮かべて微笑む君を見て、僕は幸せとはこのことなんだと気がついた。
そして、君を同じくらい、いや、もっともっと幸せにしたいと思ったんだ。


******


今日もいい日だったね。ありがとう。
今年もいい年だったね。ありがとう。
たくさんの言葉を重ねながら、僕たちは長い時間をともに過ごしてきた。

あの日君がしてくれたように、君の手をそっと握ってみる。
柔らかく温かだったはずのその手は、昔の記憶よりもずっと小さく、冷たくなっていて。
いつも優しい微笑みをたたえていた瞳もくちびるも、今は固く閉じられて。

君の目尻に細く深く刻まれた皺を、そっとなでてみる。
笑い皺ができちゃった、あなたのせいよ。
そう言って君は怒った顔をしてみせたよね。
僕は笑っていたけれど、君のふくれっ面や皺さえ、とてもチャーミングに見えていた。
本当だよ。
あのときは照れくさくて言えなかったけれど。

いつの間にか聖歌が終わり、静かな時間が教会に広がっていた。
夢はまだ続いているのだろうか。
それとも、僕はもうとっくに目覚めているんだろうか。

・・・本当は、分かっている。

これまでずっと隣りにいてくれた君に、最後の口づけをする。
数年後、あるいはそれよりもう少し先、いつか僕がまた君のそばに行くときがきたら。
どうか、いつもの優しい微笑みを見せて欲しい。
私はここよ、と手を振って迎えて欲しい。
そして、おかえり、とそっと僕の手を握って欲しい。
あなたは私の星。人生の航海に必要な目印だから。
僕をまっすぐ君のもとに導いて欲しい。

こころから愛しているひとよ。
こころから愛しいひとよ。

いい人生を、すばらしい人生を、ありがとう。



こちらの企画に参加しました。


●なぜその作品をリライトに選んだのか?
4つの作品の中で私がいちばん「ロマンチック」だと感じたのがこのお話でした。直球のラブストーリーにチャレンジしてみたかった!その直球を打ち返せたか、もしくは空振りだったかは、まあそれは、何というか。あはは。

●どこにフォーカスしてリライトしたのか?
ハッピーエンドにこだわりました(自分なりに)。結ばれたふたりのその先を書いてみたくて。永遠の別れを書きながら、それでもそこにある愛や幸せを書いてみたかった。難しかったけど。ほんっとうに難しかったけど。
例えば、5年前の私だったらこんな作品は書かなかったと思います。ある程度年を重ねて、見えたり感じたりするものってあるんだなと、最近特に思うのです。

リライトというには、今回もかなり外れたものになりましたが、この企画じゃないと生まれなかったお話です。読んでいただけたら幸せ。
ありがとうございました。


いただいたサポートを使って、他の誰かのもっとステキな記事を応援したいと思います。