今日も空が青いのは、なぜ?
たった一まいの赤いかみが、あのひとをつれてゆきました。
そのかみをもってきたやくばのひとは、これはとてもめでたいことなのだ、めいよなことなのだといいました。
そんちょうさんは、おくにのためにいのちをかけてがんばってこいと、あのひとのかたをつよくたたきました。
むらのひとたちは、はたけでとれたやさいや、そのころはもうなかなか手にはいらなくなっていたお米をもって、わざわざうちまでおいわいをいいにきてくれました。
あのひとは、みんながいうおめでとうのことばをいつもだまってきいていました。わたしはあのひとのとなりで、やさいやお米をうけとりながら、あのひとのかわりに、ありがとうございます、といいつづけ、なんどもあたまをさげました。
あのひとがしゅっぺいしたのは、とてもよくはれた日のあさのことでした。
あのひとは、たくさんのひとたちにみおくられながら、うしろのひとたちにおされるようにして、やってきたきしゃにのりこんでゆきました。
わたしは大きなおなかをつきだして、ひとごみをかきわけながら、あのひとのなまえをなんどもけんめいによびました。
ばんざい!ばんざい!
わたしがよぶこえはひとびとのさけびにさえぎられ、あのひとのもとにはとどきませんでした。あのひとはまどぎわのせきにすわっていましたが、わたしのいるほうをいちどもみようとせず、ずっとうつむいていました。やがてあのひとをのせたきしゃは、大きなおとをたて、くろいけむりをもくもくとはきながら、どんどん小さく、とおくなってゆきました。そして、だんだん点のようになり、みえなくなりました。くるときはふたりであるいたみちを、こんどはわたしひとりであるいてうちまでもどりました。
わたしは、まいにちまいにち、あのひとのかえりをまちました。そのあいだにも、おなかはどんどん大きくなってゆきました。ときどきおなかから、ちいさなあしがわたしをけるようになりました。力いっぱいけられるといたかったけれど、なんだかわたしをげんきづけてくれているようにもおもいました。ときどきわたしは、おなかにそっと手をあててみました。そうすると、なんだかすこしだけほっとしました。
あのひとのかえりをまっているのは、わたしひとりじゃないんだなとおもいました。おなかをやさしくさすると、さみしいのに、すこしだけうれしくてしあわせなきもちにもなりました。
でも、あのひとはそれっきり、かえってきませんでした。
ある日、赤いかみをもってきたやくばのひとが、ふたたびうちにやってきました。そして、またうすっぺらいかみきれを、わたしにさしだしました。
わたしはむずかしい字はよめませんといって、やくばのひとに、かわりにそこにかいてあることをよみあげてほしいとおねがいしました。やくばのひとは、つっかえつっかえしながら、かいてあることをよんでくれました。かみきれには、あのひとのなまえと、あのひとがさいごにいたばしょがかいてあるのだということが、それでわかりました。
やくばのひとは、よみおわったあとなにもいわず、わたしにかみきれをおしつけるようにしてかえっていきました。
そのあとうちをたずねてきてくれたそんちょうさんも、下をむいたまま、なにもいってくれませんでした。
むらのひとたちも、まえのようにわたしにこえをかけてはくれませんでした。そのころはもう、わたしたちのくらしはかなりひどくなってきていましたから、ひとにあげるようなやさいやお米なんてのこっていなかったのです。みんな、すこしはなれたところから、わたしをきのどくそうなかおでみて、だまってとおりすぎてゆくだけでした。
あの日、わたしはうけとったかみきれをもったまま、ただたっていました。じかんがとまってしまったのかとおもうほど、ながいあいだ、ただたっていました。
とてもとても、あつい日のことでした。
・・・あれから、なん十ねんもたちました。
わたしは、きょう、ようやくあのひとにあいにくることができました。
うまれてはじめてのったひこうき。なんじかんものりました。ひこうきのちいさなまどからは、いつもみあげているしろいくもがめのまえにみえていました。わたしはいまくもの上にいるんだな、とふしぎなきもちになりました。
やがてわたしはひこうきをおり、ほぼいちにちぶりに、じめんにあしをつけました。
あのひとのほねは、このくにのどこかに、いまも、よこたわっているのでしょうか。
ひょっとしたら、それは、いまわたしがたっているすぐそばかもしれません。
きょういちにちは、あのひとのことをたくさん、たくさんおもいだしながら、すごそうとおもいました。
ここは、とてもとてもあついところです。
そらもあおくてあおくて、みあげていると、そのまますいこまれてしまいそうです。
もしかすると、あのひとがさいごにみたけしきも、こんなにきれいな、あおいそらだったのでしょうか。
ねえ、みえますか。
わたしは、こころのなかで、あのひとによびかけます。
あのころおなかにいた子どもはぶじにうまれ、ずいぶんおおきくなりました。
いま、小さくなったわたしの手をやさしくひいてくれているのが、その子、あなたのむすめです。
ほら、みてください。おなかが大きいでしょう。
この子ももうすぐ、ははおやになるのです。
わたしは、あのひとにこころのなかでもういちどよびかけます。
どうか、みまもっていてください。
この子たちのまわりを、いつもあかるいひかりがつつんでいるように。
この子たちのあたまの上に、いつもあおいそらがひろがっているように。
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嶋津亮太さん主催の「第二回教養のエチュード賞」への参加作品です。
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