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現世より愛を込めて

非科学的なことは基本信じない。
いつか科学で解明されるのかもしれないが
どうせ今考えても分からない。
ならば信じることも考えるのも時間の無駄だ。

現実主義の筆者とは対照的に
母親は霊感があると自称し非科学的だった。
母親が幼少期に体験した不思議な話や
日々感じ取る心霊現象の話を聞くたびに
鼻で笑って小馬鹿にしていた。


私が高校生だったある日
夕食後にリビングで寛いでテレビを見ていた。
その日は父親が出張で不在。
家には母親と妹、そして私のみだった。

「2階から足音が聞こえる」

突然、台所で洗い物をしている母が言った。
妹は「え、なになに。こわい」と反応したが
私はテレビに夢中で無反応だった。

しばらくして再度母親が言う。
「やっぱり2階で人が歩く気配がする」

妹と2人で深刻そうな顔をして怯えている。
またしょーもないオカルトかと辟易し
無視してテレビを見続けた。

「お兄ちゃん!2階に誰かいるよ!」
さすがにしつこいなと嫌な表情をした。
「風で家が軋む音か、本当に人なら泥棒だな」
そう冷たく言い放ったが
母親と妹はテレビの音量を下げて
耳を澄まして固まっている。
くだらないと思いこみたいがさすがに
少し不安になり一緒に2階の音に
耳を傾けてたときだった。

たったったったったったったっ

2階の廊下から人が小走りで走るような音が聞こえた。
きゃーっ!と怯える母親と妹。
私はすぐさま玄関に置いてある野球のバットを手に取り2階へ登った。

間違いなく風で軋む音ではなかった。
であれば不審者か泥棒か。
父親不在の今、家族を守るのは自分の役目。
「おらー!どこにいる!出てこい!」
恐怖心を打ち消すように、大きな声を出し
バットを振り回しながら2階を散策した。

「おらおら!どこだー!」
「そこにいるのは分かってるんだぞ!」
「出てこいこのやろう!」
しかしながらどれだけブンブンバットを振り回し
大声を出しても2階には誰も見つからない。
扉や窓に異変もない。
仕方がないので諦めてリビングに戻った。

しばらく家族で固まりじっと身を潜めていた。
凶悪な強盗がベッドの下に潜んでいたらどうしよう。
変な妄想が膨らみ、さすがの私も恐怖心から身動きを取れずにいたその時…
母親が「あっ!!」と大きな声を出して和室に走って行った。

何のことか最初は訳が分からなかった。
母親は大慌てで台所に戻り水を汲んだり
米をよそったりしている。
そして再び和室に戻る母親を妹と追いかけると
神棚の水を変え、米を供える母親の姿が。
母は両手を合わせ泣きながら
「忘れててごめんね、忘れててごめんね」
と呟いた。


長男の私が生まれる何年か前
我が家、待望の第一子となるべきだった子が
流産した。
当時の両親にとってはとてもとても悲痛な出来事だったのだろう。
私が物心ついた頃から我が家の食卓には常に
家族の人数に加えて、ひとつ小さなお皿に少しだけお米がよそわれていた。
なぜいつも食べないお米があるのかと聞いた時
生まれてくることが出来なかったお兄ちゃんの分だよと話してくれたことがあった。


「忘れててごめんね、忘れててごめんね」
あぁ、思い出した。
母親が手を合わせるその先の神棚には
生まれてることが出来なかった
子供の命日が書かれたお札が置かれてあるんだった。
手を合わせる母親の横から神棚を覗き込む。
お札に書かれた命日はまさに今日だった。


「お母さん忘れないで、思い出して!」
そんな気持ちで存在を主張したのか
どうかは私には分からない。

やはり非科学的なことは基本信じない。
いつか科学で解明されるのかもしれないが
どうせ今考えても分からない。

私は母の隣で一緒になり両手を合わせた。

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