闇に消えた勝負の行方
「死にます、探さないでください」
手紙の末尾はこう締め括られていた。
これは面倒なことになったと慌てて警察に電話をし
捜索願いを出した。
当時ハタチの私は雀荘で打ち子のバイトをしていた。
時給のいい夜勤でフリーのお客さん相手に夜通し麻雀を打つ日々だった。
冒頭の手紙を受け取る半年ほど前、プロ団体に所属する麻雀プロのY氏が前オーナーからお店を買い取り
店名も変えて心機一転、プロのいるお店としてリニューアルした。
新オーナーのY氏はただの麻雀プロではなかった。
当時のその界隈では知らぬ者はいないほどの有名な博打うち。
年は30代だったと記憶しているが一度も就職したことがなく人生ずっと博打で食ってきた男だった。
彼の博打戦績は日々赤裸々にブログに記録されており
パチスロ、競馬、麻雀などのほぼ合法的なものから
マンション高レート麻雀、裏カジノなど非合法なものまで様々。
特に印象深いのが押し引きの度胸。
ここだと思ったところでは一撃100万を賭けるなど
博打に関する嗅覚や度胸、センスが飛び抜けていたように思う。
このご時世に定職に就かず博打のみで生きる彼は
小説「麻雀放浪記」の中から飛び出してきた人間のように見え、他とは一線を画していた。
そんなY氏が買い取った雀荘は、彼自身の人気やプロと麻雀が打てるという話題性もあり、集客も上々。
バイトの私も慌ただしい日々を送っていた。
Y氏は雀荘の買収に関して半分は博打で貯めた金で支払い済み。
残り半分は前オーナーに借金という形を取っていたようだ。
しかしながら毎月の売り上げもそれなりのもの。
このままの集客が続けばあっという間に返済するだろうと思っていた。
ある日、私のシフトは朝の9時で日勤のメンバーと入れ替わるはずだった。
が、来るはずのオーナーのY氏が待てども来ない。
「人足りないからちょっとだけ延長して働いてくれる?」との問いに快諾し、心配しつつも卓の清掃をしていた。
プルルルルルル…プルルルルルル…
突然、店の電話が鳴り響いた。
なんとなく嫌な予感を感じ取りつつ受話器をあげた。
「ポストに手紙を入れておいたので読んでください」
こちらの反応を待つことなく電話は切れたが
その声は聞き慣れたY氏の声で間違いなかった。
「店長ー、オーナーから電話です、なんかポストに手紙いれたそうなので取ってきまーす」
平然を装って報告したが猛烈に異変を感じていた。
一刻も早く手紙の内容を把握しようと階段を駆け降りた。
ビラに紛れた無機質な便箋を取り出して
お店に戻って読み進めるとそこには
生粋の博打うちの悲惨な1週間の記録が綴られていた。
要約すると以下のような内容だった。
借金をコツコツ返すことに耐えられなくなったY氏。
お店の1ヶ月の売り上げと人件費を持って1発大勝負に。
歓楽街の反社がやってる裏カジノでバカラで勝負。
がっつり負けて無一文に。
ナンピンして反社から数100万の借金重ねる。
普通に生活してたら出会うことのないような非現実的な出来事を前に謎の高揚感すら覚えた。
が、前述の通り手紙は
「死にます、探さないでください」
で締め括られ、それどころではなくなった。
これまで自由奔放に生きてきた人間が
背負うものが出来たことで勝負の結果に
影響したのかは今となっては知る由もない。
だがなんとも博打うちらしい考え方、生き方、
そして散り方。
天性の博打うちはその後、富士の樹海で警察に逮捕される。
樹海で名古屋ナンバーの不審な車を見つけた警察が職務質問したところ車内から遺書と包丁が見つかったため
銃刀法違反の現行犯逮捕で身柄を確保されたそうだ。
その後どうなったのかは誰も知らない。