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【おはなし】オフ会の彼

所属するコミュニティーの3度目のオフ会
初対面の人たちもちらほら

開始から1時間ほどたって私はすっかり酔っ払いヘラヘラしながらお手洗いに立った
居酒屋の座席の仕切りになっている木材を手で撫でながらふわふわと通路を歩く
痛っっ
人差し指を見ると小さな木片が刺さっていた
もう片方の手で木片をつまんでペッと床に飛ばす

じわーっと赤い血が浮かんできた
自分の席に戻りドスンと腰を下ろしてその指先をギューギューつまむと赤い玉が大きくなった


隣に座っていた年下の青年
私よりも前からこのオフ会に参加している

とても無口な青年で、オフ会にきても主催者の女性に話しかけられると静かに頷くくらい
飲み物はいつもコーラだ

なんで来てるの?と聞いたら小さな声で
「ここに来ないと誰とも会わないから」
と言った
飲まないの?と聞いたら小さな声で
「飲みたいと思わないから」
と言った

私はそんな不思議な青年に興味津々だった
どんな人なのかしら?知りたいわ!
酔った私があーだこーだと横で独り言のように訳のわからない事をマシンガントークをしても、無言で頷いたり小さな声でツッコミを入れてくれる

え?なんて言った?
なんて言いながら口元に耳を寄せる
小さな声とともに吐き出された息が耳にかかってこそばゆい

基本的にあちらから話しかけてくることはないので、私はオフ会のメンバーを観察しながらビールを飲み進めて
発見したことを青年に報告する遊びを毎回していた
1人でしゃべっているのにとても面白かった

いかにも遊び人なオジサマたちやお姉様たちに「はっきりしろ!男らしくない!」とからかわれていて、それはすごく嫌だったらしい
私は最初のオフ会でお気に入りになって、からかわれている雰囲気を察した
次のオフ会から私は青年の隣に陣取ってマシンガントークを始めたのだ

他の常連のメンバーからは
あの青年がニコニコ笑いながら会話をしている
あんなの見たことない
との声が出ていたらしい

別にいいじゃん
何となく来るオフ会よりも楽しいオフ会のほうがいいに決まってる




自分の席に戻って指先の赤い玉を大きくしながら隣の席の彼に見せる
「血が出た!これはね、ギューッとして出し切ると止まるよね」
酔った私は謎の止血法を主張する
ダメだよティッシュか何かで押さえて
「全部出すと止まるんだから」
血が全部出ると死にます!
指先をつままさないように片手をつかんで制止された

いつも静かな彼が、おそらく心配してくれたんだろう
少し慌てた様子で
酔って駄々をこねる自分の姿の滑稽さも相まって面白くて仕方がない
ツボった私は涙を浮かべながらしばらく笑っていた


会も終わりの時間
掘りごたつになった座席からみんな次々と立ち上がり
お手洗いや出口に向かう
私は酔っていて体は重たいし掘りごたつ式の座席って立ちにくい
もたもたしていると先に立ち上がった彼が静かに横に立って私が立ち上がるのを待ってくれている

私はすっと自分の手を差し出してみた
彼は自然にその手をつかむ
手のひらを味わうように指で彼の手をなぞってみる
しっとりとしていて冷たい
あー、この人は寂しいのね愛されたいのねなんて思っていると
ギュッと握り返された
しっかりつかんだ手を頼りに立ち上がる
誰も居なくなった個室
わざとゆっくりと歩みを進める
彼の手を味わいながら…


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