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【おはなし】オフ会の彼女

またここに来ている
周りは年の離れた大人の人ばかりだ
なんでここに来ているのか

最初に来た時、オレだけ若かったので珍しがられた
主催者の人にもチヤホヤされた
でもうまくコミュニケーションができないオレは次第に不思議がられて
煙たがられて迷惑がられているように感じた

いつも正解を探すけれど答えがわからないんだ
誰かに話しかけられても何と答えるのが正解なのかわからない
考えているうちに相手がしびれを切らす



子どものころ、物心ついたら父親は居なかった
忙しかった母親はいつも機嫌が悪かった

何人か「父親」と呼ぶように言われたオジサンが家に来た
1人は、よく怒った
理由はわからない
たまに遊んでくれたけれど、次の日に話しかけると怒られた
何かを問われるけれど、答えると怒られた
だんだんオレは言葉を失っていった

1人はお金持ちみたいだった
母親は機嫌がよくなった
オジサンは、最初は優しく話しかけてくれたが
正解がわからなくなっていたオレは答えられない
次第にオジサンはオレに話しかけなくなった
怒らなかったが、オレの存在は消されたみたいだった

今は家に母親と二人で暮らしている
弟は結婚して別に住んでいる
母親はオレの給料をすべて家へ入れさせた
金のないオレはコンビニで深夜バイトをしながら生きていた

仕事先でもコンビニでもいつも理不尽な怒りを向けられていた
蔑むような視線に毎日さらされていた



そんなオレがネットで見つけたコミュニティ
表ではほとんど発言もせず、ほかの人たちの会話を観察していた
オフ会の誘いは主催者からの個別メッセージで受け取った
ここに自分の居場所ができるかもしれない
そう思って参加したんだ


年上の女性や男性が集まる
オレの様子を見て、意識から存在を消す人、巻き舌で絡んできて「男性論」を語りだす人、気の毒そうな目でチラチラと見る人、明らかに異質なものを見る目で眉間にしわを寄せる人…
そんな人ばかりが増えた

そんなころ、新しいメンバーの参加があった
メッセージのやり取りを見る限り、明るくて元気な感じだ
また同じかもしれないけれど…
もう一度だけ参加してみよう


オフ会が開始されて自己紹介も一通り終わり、彼女がオレに話しかけてきた
「お酒飲まないの?コーラ?」
主催者の女性が隣から口をだす
『あー、彼は飲まないのよ オフ会に来ても喋らないし』
その言葉をうつむき加減で聞いていた
彼女はどうだろう
存在を消すか…眉間にしわを寄せるか…
そんなことを考えていると目の前に大きく見開いたキラキラとした瞳が現れた

「えー?そうなの!?飲めないの?体質?!」
びくっとして 
飲んでも楽しくならないから…
と小さな声でつぶやいた
「え?なになに?なんて言ったの?」
オレの口の中に耳を突っ込む勢いで顔が近づいてきた

それから次々と質問をしては顔を近づけ…を繰り返しケラケラと笑っている
挙句の果てには酔っぱらって、暇さえあればオレの名前を呼ぶ
何度も何度も
オレが少し口角を上げて頷くと
満足気にジョッキを口に運ぶ

不思議と嫌な気がしなかった
むしろなんか楽しかった
いつも周りから感じる、バカにされているような蔑まれているような感じを
彼女からは感じなかった

なんか…うれしかった

一足先に帰ると言った彼女を、隣に座っていたハンプティダンプティみたいなオジサンが、駅まで送ると言い張った
下品なのにプライドが微妙に高いつまらない男だ

最後までオレの名前を読んで、バイバーイと笑顔の余韻を残して彼女は店を出て行った

店からすぐの駅なのに、ハンプティダンプティはなかなか帰ってこなかった
オレは思わずトイレに行くとその場を離れ
さっき交換したLINEのアカウントを開き音声通話を鳴らす

少し待つと彼女が出た

「………大丈夫?」

やっと出た言葉だった

彼女はすでに電車に乗っているみたいで小さな声でありがとうと言った
よかった
電話をかけた自分にも驚いたけれど
何かあれば彼女の手を引いてハンプティダンプティから引き離そうと思っていた自分に、かなり驚いた日だった

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