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忘れてはならない前提条件と生存戦略



序文

2023シーズン、3人目のスペイン人監督と共に走り出した新たなチャレンジは、シーズン途中の監督解任という形で幕を下ろした。

スペイン路線が始まった2017年以降3人のスペイン人監督が指揮し、ポジショナルプレーをベースとしたアグレッシブでコレクティブという根本的な部分を大切にしつつも、それぞれ違った色を見せてくれた。

筆者はそうしたカラーの違いを、ある種の実験のように捉え追っていた。
保持とトランジションの礎を築いたリカルドから、より安定感と個の能力で優位性を作ろうとしたポヤトス、そこに縦のスピードと中央でのカオスを持ち込んだラバイン。

一見すると自然な流れでアップデートされているように見える。
しかし監督や選手をJ1クラブに引き抜かれていく中で早く回り過ぎたサイクルに結果は付いて来られなかった。

重要な何かを見落としているのではないか
思いふけた時、一つの重要な見落としに気が付いた。

それが「前提条件と向き合う」ことである。


真っ白なキャンバスという幻


「君たちは真っ白なキャンバスのように無限の可能性があります!」

どこかの大人なのか学校の先生なのか、映画なのか小説なのか、
何かしらでこのような言葉を耳にしたことはないだろうか?

まだ何者でもない人たちの将来を、真っ白なキャンバスに例えた、使い古された言い回しである。

だがどうだろう
ほんとうの真っ白なキャンバスなんてものを持っている人は果たして存在しているのだろうか?

生まれる時代や場所、性別、出会う人々、自分で決められない要素は数限りなくあり、その時点で可能性を失ってしまうものも存在するだろう。

例えば、全くサッカーに興味のない家で育ち、学校にもサッカーをやっている子が誰もいない環境で、高校生くらいまで全くサッカーに触れず生きてきた人がいたとする。
後にその人がサッカーの魅力を知ったとして、プロサッカー選手になれる可能性はどれくらいあるだろうか。

生まれた時点でキャンバスは真っ白じゃない何かの色で塗られているし、絵や何かが描かれているし、汚れているかもしれない。
真っ白なキャンバスなんてものは幻のようなものなのだ。

しかしそれに悲観するのではなく、自分の持つ真っ白じゃないキャンバスと向き合いながら自分なりの絵を完成させなければならない。

やりたいことが簡単ならラッキーだし、やりたくないけど簡単な事はさっさと終わらせたいし、やりたくないし難しいことは絶対にやらなきゃいけない限り避けたい。
そしてやりたいけど難しいことは一番大切にしたい。
そうやって我々は時間という敵と戦いながら、その時々に出来る事とやりたい事のはざまで取捨選択をし、答えを見つけていく必要がある。

なぜ育成に力を入れるのか
なぜ外国人監督なのか
なぜパスをつなぐのか
なぜ設備に投資するのか
なぜその選手を連れて来るのか
なぜそのスタイルなのか
なぜスペイン路線なのか

選べることは多くある。

資産を全て選手補強につぎ込んでもいい
日本人監督でもいい
自主性と自由さ重視でもいい
ロングボール主体でもいい

選べるのだから何を選んでもいい。

しかし選べないものも多くある。

ここは真っ白なキャンバスではない。
前提条件と向き合うとは、徳島ヴォルティスというクラブが置かれた環境のなかで「選べないこと」と向き合うことだ。
選べない事を明確にすることで「選べること」の中の何を選択するかが自然と見えてくるのではないか。

本記事では徳島ヴォルティスが持つ前提条件と向き合い、そこからJリーグの中を生き残り、上へ登っていく為には何を選択すればよいのかを考えていきたいと思う。


徳島ヴォルティスが持つキャンバス

では、徳島ヴォルティスというクラブが持つキャンバスとは一体どういったものなのだろうか?
元々そこに描かれている絵や色は、自分たちの理想とする絵に合うものも合わないものあるだろう。
それらをひとつずつ見ていこう

徳島県という土地

・人口

徳島県は2022年時点で人口約70万人
これは都道府県全体で44位(下から4番目)
これに加え、人口密度は36位(下から12番目)
つまり4番目に少ない人口が12番目に広く散らばっている県ということになる。
正確には森林率が76%程なので人々が生活する区域はもっと人口が密集しているが、開発されている地域は主に海沿いと吉野川沿い中心なので縦横に長い。
よって都市部から同心円状の密集感はあまりなく移動距離が長くなる。

レアル・ソシエダとの育成業務提携を締結した際、ソシエダのあるギプスコア県と徳島県は人口規模が似ているという話が挙げられていた。

人口ではなく人口密度という点で比べてみると
徳島県の面積は4147㎢であるのに対し、ギプスコア県は1997㎢と約半分の大きさである。
故に70万人あたりの人口密度は徳島県が168.8人/㎢なのに対し、ギプスコア県は350.5人/㎢となっている。

都市圏という範囲で見てみると
徳島は徳島都市圏と呼ばれる約2246㎢の範囲に人口の約86%が集約している。
一方ギプスコア県はサン・セバスティアン都市圏と呼ばれる約372㎢の範囲に人口の約57%が集約している。

徳島都市圏の人口密度は約300人/㎢
サン・セバスティアン都市圏の人口密度は約1088人/㎢

※徳島都市圏のデータ(Wikipediaから引用)は2010年の国勢調査に基づくため現在の人口とは多少違う(具体的には県人口は2010年から2023年で約8万人減)ことと、サン・セバスティアン都市圏のデータもWikipediaからの引用であるが調査時期は記載されておらず不明なので参考程度に見て欲しい。

徳島とギプスコアをだいたい同じ縮尺で重ねたものがこちら

都市部から西端や南端への距離は遠く、人材を集約する難易度は高い。
徳島市やクラブハウスのある板野町、スタジアムのある鳴門市は北東にあるため、県西部や南部からアクセスしようと思えば県を横断することになる。
ソシエダの本拠地があるサン・セバスティアンも同じように北東にあるため状況は似ているが、やはり最端までの距離はかなり違う。
そのため徳島県全体の約70万人という数字を使うのならば、県南部や県西部など遠方の人材に対するアプローチは独自に生み出していく必要がある。

県内でも距離があるということは、隣県との距離はさらに遠い。
カジュアルに往来できるような県外を含む大きさの大規模経済圏は存在しない。

首都圏や関西圏は1つの都道府県ではなく隣県を含めた経済圏が成立しているため、単に都道府県単位ではなく大きな経済圏と比べなくてはならない。
五大都市圏と呼ばれる地域の人口は以下である。
・東京都市圏:約3600万人
・大阪都市圏:約1100万人
・名古屋都市圏:約570万人
・福岡都市圏:約260万人
・札幌都市圏:約230万人

経済圏人口は観客数に大きな影響がある。
観客数が少なければチケット収入だけでなくグッズの売り上げにも関わってくる。
さらにはスポンサーの広告効果やスタジアムに出店している飲食店の費用対効果なども、都市部のクラブと比べられれば不利に働くだろう。

もう一つは育成面
子供の数が少ないということは才能のある子が現れる確率も下がる。
学年に1人くらいなら全国レベルの選手が生まれるかもしれないが、11人の総合力になるとどうしても牌の数がものを言ってしまうし競争力も違ってくる。
育成は試合結果が全てではないとはいえ全国大会での実績は作りづらい。

JFAが公表している2022年度の都道府県別サッカー選手登録者数を比較してみると
東京,神奈川,千葉,埼玉の4都県の合計で22万5678人
関西6府県の合計が11万8596人
一方の徳島は5962人
全都道府県合計が81万7375人なので、関東圏主要4都県だけで全体の27.6%を、関西6府県で全体の14.5%を閉めているのに対し、徳島県は全体の0.72%と1%にも満たない。

約70万人の地域が何千何百万人規模の地域と戦わなければならないということは、こういったハンデを背負うということである。

・場所

2023年のJ2リーグで最寄りの都市は岡山で、直線距離にして約87km
最もJクラブが密集している関東との直線距離は約500km
2023年東京都市圏には4クラブあるが、この4クラブが年間3試合のアウェイ戦をほとんどホーム戦と大差ない移動距離で行えるのに対し、徳島は500kmを4回も往復しなくてはならない。
経済圏が小さいということは周囲に強いクラブが少ないうえ、Jクラブが密集している地域への移動が大変になる。

東京と他関東7県各県庁所在地との距離のうち最も遠い山梨との距離が101.7km
大阪と他関西5府県各県庁所在地との距離のうち最も遠い和歌山との距離が60.5km
一方徳島と他四国各県の県庁所在地との距離は
香川:56.5km
高知:110.5km
愛媛:167.6km
となっている
しかも愛媛は広島と67.7km、香川は岡山と37.0kmの距離にある
高知は四国4県が最寄ではあるが、高知から各県への直線距離は
愛媛:77.5km
香川:98.7km
徳島:110.5km
と徳島が最も遠い。

徳島市から各県庁所在地への直線距離ランキングはこちら

同じ四国だからといって距離が近いとは限らないことが分かる。

アカデミーにもデメリットは大きく、周囲に強いクラブがいないと関東や関西と比べリーグ戦のレベルは当然下がる
レベルの高い環境を求めた選手が県外に流出するという事態は何度も起こってきた。
強いクラブと試合をするためには長距離移動とそれに伴う費用が発生する。

同じようなクラブなら移動距離が短く地域のレベルが高い方を選ぶのが自然な考えである。

・環境

公共交通機関を中心とした都市構造にはなっておらず、車がないと生活があまりにも不便だ。
練習場のTSVも車がないと隣の公園に1日数本しか出ていないバス以外に足はなく、免許や車を持っていない若手選手は先輩と乗り合いで練習に行くという環境。
(乗り合いによる選手間のコミュニケーションや、まず免許を取らざるを得ない点はメリットと考えることもできる)

身近に自然はあるが都市圏に比べれば遊ぶ場所は少なく、選手のSNSなどを見てもOFFは神戸や大阪へ行っている選手が多い。
サッカーに集中できる環境と言えば聞こえはいいが、選べるのなら都市部ではなくわざわざ徳島を選ぶという選手が多数派だとは考えにくい。

・文化

徳島は野球文化の根強い土地である。
池田高校や徳島商業などかつて甲子園で名をはせた高校があり、プロ野球で活躍した選手も多い。
阿南市は野球の街として野球をまちおこしに活用している。

・メディア

テレビは関西圏の放送が映るとはいえ、民放のテレビ局も地元紙も一社のみの独占状態
テレビ局の筆頭株主が新聞社なので実質一社が主なメディアを独占している。

唯一の民放は日テレ系列で、野球(巨人)や駅伝、バスケやラグビーのイメージが強い。
2023年のラグビーW杯は日テレが地上波では独占放送。
2023年のバスケW杯でも決勝は日テレ系での地上波生中継だった。
一方2022年のサッカーW杯は日テレ系では一試合も放送がなかった。
サッカーは高校サッカー選手権、スーパー杯を放送しているが、他競技がW杯で大々的に特集や報道をしていたり、NPBを日常的に放送しているのと比べれば圧倒的に弱い。
クラブワールドカップも放送していたが2023年は放送権を手放すことが決まり、サッカーの扱いはますます悪くなるだろう。
サッカーにしても西野太陽が選手権を見て京都橘を選んだように、テレビを見る人が減った現代でもスポーツにおいてはテレビで放映される影響力は未だ大きい。
アカデミーを重要視する徳島ヴォルティスにとってはあまり喜べる環境とは言えないだろう。

2023年、徳島ヴォルティスユースは四国プリンスリーグ優勝を果たしが、その週明けのローカルニュースでは全く報じられず(他競技高体連の県大会や抽選会の話題は放送されていた)。
それはまだしも、Jリーグの出資で放送しているサッカー専門番組「KICK OF TOKUSHIMA」でも完全無視という扱い。
選手権を放送している日テレ系のテレビ局にとって、クラブチームよりも高体連が強くなる方が都合がいいのは間違いない。
ちなみに新聞には載っていたが、前日に行われたサッカー中体連の徳島県大会決勝が写真付きで大きく掲載されていたのに対し、ユースの優勝は文字だけで小さく掲載されており、ここにも扱いの差が見て取れた。
優勝が決定した試合は県内(TSV)で行われていたため、地理的に取材に行くのが難しいという事情は考えられない。
高校野球が神聖化されている田舎のメディアにおいて高体連>クラブチームという昔ながらの図式は非常に強い。

徳島ヴォルティスの試合を生中継したのは2022年までの17年間で国営放送ローカルが65回なのに対し民放では2回のみ。
しかし2023年は突如民放で2試合も生中継された。
おそらく柿谷というスター選手の有無が大きいのだろうが、これを機に継続していくことを期待したい。

良い面を挙げれは、東京や関西などと違い毎試合結果やハイライト映像が夕方のニュースなどでほぼ確実に報じられる点は地方の利点と言える。

特に国営放送ローカルは精力的にヴォルティスの取材を行ってくれており、夕方のニュース番組でも長めに時間を取ってインタビューや試合の解説、キャンプ地から生中継など放送してくれている。

ちなみに徳島ヴォルティス初代GMである米田豊彦氏は徳島新聞社の元社長であり、2023年現在は理事会長である。

・スタジアム

スタジアムは日常生活で前を通る人はごく限られるような鳴門の隅っこに位置してあり、どこにあってどう行くのかもよく知らないという人も少なくないだろう。
試合を見に行くサポーター以外、週末にJリーグの試合が行われているという実感を持つ人はあまりいないのではないだろうか。
中心地や主要駅前にスタジアムがあれば試合が開催されるだけで宣伝効果を生むが、その効果は全くないと言ってもいい。
周囲に飲食店などの店舗は少なく、せっかく1ヶ月に2度5000人近くを集めるコンテンツなのに周辺店舗などとの経済効果をまるで生み出せていないためサッカーに興味のない県民への訴求力が低い。
要は存在感が薄いのだ。

ピッチとの距離が遠い陸上競技場ではスタジアムでサッカーを見るという価値を高めきることが出来ない。
中継より試合が見づらく、雨が降れば濡れ、風は強い。
車がないと行きづらく、駅からも距離がある。
それを理由に現地へ行かない層を現状の設備立地では囲い込めていない。

先述したように県西や県南から向かうには移動距離が長く行きづらい。
例えば片道で最寄り駅の鳴門駅まで鉄道での所要時間と金額は
徳島市(徳島駅):約45分 (430円)
阿南市(阿南駅):約1時間30分 (1080円)
三好市(阿波池田駅):約1時間50分 (3210円)
海陽町(阿波海南駅):約3時間 (2310円)
実際には乗り換えなどでこれよりも長い時間がかかるし、往復料金なら倍の交通費になる。
ホームゲームが毎試合アウェイ感覚くらいの時間とお金がかかるなら気軽に毎試合スタジアムに行くハードルは上がる。

徳島県唯一のJリーグクラブとはいえ県全体を囲い込めるとは言い難いのだ。

関東だと味スタ最寄りの飛田給駅から群馬県高崎駅までは乗り換え時間を考慮しないと約2時間で行け、金額は2230円。
三好市や海陽町の人たちが毎試合徳島ヴォルティスのホームゲームを見に行くのは、群馬県高崎市民がFC東京のホームゲームに通う感覚ということになる。
関西だと長居駅から和歌山市駅までは乗り換え時間を考慮しないと約1時間10分で行け、金額は1130円
阿南市の人たちが毎試合徳島ヴォルティスのホームゲームを見に行くのは、和歌山市民がC大阪のホームゲームに通う感覚ということになる。

仮に徳島駅を最寄り駅とするスタジアムが出来たとすれば片道
鳴門市(鳴門駅):約45分 (430円)
阿南市(阿南駅):約45分 (630円)
三好市(阿波池田駅):約1時間15分 (3030円)
海陽町(阿波海南駅):約2時間15分 (1830円)
往復で年間ホームゲームが20試合ほどあると考えると積もればかなりの金額差となる
所要時間も1時間ほど短縮となれば子連れでナイトゲームのハードルも下がる。

車社会だから鉄道の運賃や所要時間は対して重要じゃない人も多いかもしれないが、公共交通機関で行きにくいということは車を出せる人の予定が合わないと行く手段がなくなるということになってしまう。
特に未成年には大きな痛手となる。
そもそも鳴門駅の終電は21時10分と、試合終了までスタジアムにいると乗れない時間である。
それが徳島駅になると23時近くまでダイヤがある。

現スタジアムの立地は恐らく多くのものを取りこぼし続けている。


後発クラブ

徳島ヴォルティスはJリーグ創設12年目に31番目のクラブとして参入した(1クラブ消滅したので実質30番目)。
オリジナル10どころかJ2オリジナル10でもない。

Jリーグ発足当時のJリーグブームを過ごしてきたクラブには当然ブランド力があり、知名度では圧倒的な差がある。
全国各地にファンを持ち、経営規模、蓄積された経験やコネクション、地域への根付き方、それは当然のように順位に反映されるだろう。
良い選手は強いチーム、予算規模の大きいチーム、ブランド力の高いチームが順番に奪っていくし、それはアカデミー段階から起こる。
徳島がJリーグに参入するまでの間で生まれた差を埋めることは容易ではない。

以前アウェイのセレッソ大阪戦を観戦に行った際、帰りの駅でセレッソ大阪サポーターのおじさんに話しかけられた。
その人は徳島出身らしく、どうしてヴォルティスじゃなくセレッソを応援しているのか聞くと、昔から応援しているからという理由。
ちなみに高校野球は徳島代表を応援しているらしい。
昔から応援しているクラブがある人が、後から出身地に新しくクラブが出来たところで簡単に乗り移ったりはしない。
既に地元を離れている人ならなおさら。
後発とはそういう事なのだ。


バックにいる大企業の存在

徳島ヴォルティスは大塚製薬サッカー部をルーツとし、現在もスポンサーとして依存している部分は大きい。
ユニフォームをはじめ、スタジアムに行けばグループ企業含め大塚製薬関連の看板が数多く立っている。

ポカリスエットのメーカーなだけありスポーツへの投資は積極的であることから依存のリスクはITベンチャー系企業などと比べれば低く、バックに付く企業としては理想的と言える。
ベンチャー企業のような突発的な増資はないが、人口の少ない地域で他クラブと戦えているのは大塚製薬なしに語ることは出来ない。

JFL時代、大塚FCはhondaFCと並びJFLの門番という立ち位置で、Jリーグに上がる実力を持ちながらプロ化しないという方針だった。
当時の総師である大塚正士氏が本業一筋の方針でプロ化についても「俺の眼が黒いうちは許さない」と息巻いたエピソードは有名である。
製薬会社ということもあり、スポーツは強さやエンタメではなく健康増進の延長戦上という考え方だったのかもしれない。
恐らく現在もそのスタンスは大きく変わらず、結果を焦らず育成主体のクラブ運営が出来ているのはスポンサーの意向にも合ったやり方なのだろう。
ただし2022年よりPOCARI SWEAT × TOKUSHIMA VORTIS Football Dream Projectを開始するなど東南アジア方面において徳島ヴォルティスに新たな利用価値を見出している様子が伺える。


生存戦略

上に記したように、良くも悪くも徳島ヴォルティスの持つキャンバスには既に様々な色や絵が描かれている。
これが徳島ヴォルティスというクラブの立場である。
ここをスタートに60あるJクラブの中を生き残り、上を目指していかなければいけない。
そのためにはただ海外のクラブや日本の既に成功しているクラブを模倣するのではなく、日本の地方後発クラブ独自のやり方を自分たちで作っていかなければならない。

フットボール批評issue31に掲載された岡田強化本部長のインタビューによると、徳島ヴォルティスには雛形となるコンセプト資料が存在する。
クラブの立ち位置や地域的な部分を考え日々アップデートされているというその資料の中で徳島が掲げているのが「成長型戦略」である。
育成と言うと若い選手という印象になってしまうため、若手だけではなく選手スタッフ全ての人が成長できるクラブを目指すという意味で「成長」というワードを使っている。

徳島ヴォルティスが上を目指すために向き合わなければならない成長。
そもそも何故成長していく事が必要なのか。
それは地方後発クラブという立場が故に起こる様々な問題があるからである。

ここからは徳島ヴォルティスが向き合わなければならない問題と解決策を考えていきたい。


同条件では勝てない問題

筆者がスペイン路線を支持するのは「一番勝ちやすいサッカーではない」からである。

勝利を目指すことが絶対的な目的である競技において、"勝ちにくいサッカー"を目指すというのは一見おかしく思えるかもしれない。
しかしこれには大きな理由がある。

カウンター型のチームが前進するためには、前線に優位性を作れる選手が重要となる。
それはパワーや高さ、スピードなど身体能力に依存しがちである。
どんなチームにおいても身体能力の高い選手というのは欲しいものだが、そういった選手はクラブ規模の大きいクラブに持っていかれてしまう。

世代屈指のタレント、恵まれた身体能力、そういったものに依存するサッカーをしようとすると、クラブ間の資金力勝負に晒されることになる。
しかし資金力で徳島ヴォルティスがビッグクラブたちと戦っても勝算はない。
それは2014年以前までの徳島ヴォルティスがタレント性重視の補強方針で編成を行い、初のJ1リーグで全く通用しなかった事が物語っている。

ビッグクラブと同じやり方ではクラブの経営規模が天井となってしまう。
経営規模の大きいクラブを上回っていくためには、マネーゲームを避けるというのが必要不可欠だ。

どのクラブも基本的には結果を出しやすい"勝ちやすいサッカー"を選びたいはずである。
しかし全ての選手が勝ちやすいサッカーで輝ける訳ではない。
勝ちにくいサッカーの中でなら輝けるという選手も存在する。
勝ちにくいサッカーを選ぶクラブが少ないということは、それだけ勝ちにくいサッカーで輝ける選手は競合が少ないということになる。
よって、勝ちにくいサッカーで輝ける選手の方が、より質の高い選手を集められるということだ。
例を出すと、徳島ヴォルティスより規模の大きいクラブが20あるとして、15チームが勝ちやすいサッカー、5チームが勝ちにくいサッカーを行っていたるとする。
全チームが1人ずつ高卒選手を獲得する場合、勝ちにくいサッカーでは16番目の選手しか獲得できないが、勝ちにくいサッカーなら6番目の選手が獲得できるという訳だ。

バルセロナはトップチームから一貫したスタイルを持ち、アカデミーはトップチームで活躍できる選手の育成を目指している。
しかしそれゆえにバルサ出身の選手はバルセロナ以外のクラブで活躍できないことが多い。
一方レアルマドリードはトップチームに世界最高の選手たちが集まるという事情からアカデミーはトップチームへの昇格をそれほど重要視しておらず昇格実績は乏しい。
そこでどんなクラブでも活躍できる選手を育てることでレアルマドリード以外のクラブで活躍させてクラブは選手売却で利益を生む。

世界的クラブの例なので一概に徳島には当てはめられないが、トップチームのスタイルを確立することでそのスタイルに合う選手を集めやすくするという点、トップチームはタレントよりスタイルを重視するという点からバルセロナ型に近いイメージだろう。

実際に近年は徳島のスタイルを理由に入団を決める選手も多い。
特に静岡学園からのルートは太くなっており、静岡学園で育った選手は徳島ヴォルティスで活躍できるという信頼を築いている証明だ。
勝利への道が険しいというリスクを負うことで、より質の高い選手を獲得できる可能性を生む。


フルスペックの選手は集まらない問題

長身でパワーがありプレスもこなせ決定力もあるCF
統率力があり対人に強くフィードもビルドアップもできるCB
そんなフルスペックのタレントは当然上位クラブが奪っていくため徳島のようなクラブには滅多に来ることはない。
スペシャルな選手というのはサッカーのスタイルに関係なくどんなチームでも必要とされる。

徳島に来るような選手は何かしら光る特徴を持った選手ではあるものの、トップレベルと比べれば何かしら欠点や弱点があったり劣る部分がある選手というのが多い。

完璧ではなくても光るものを持った選手は多く存在しているが、プロ入り後に伸び悩んだり、チームスタイルとの相性が悪く活躍できていない選手などもまた非常に多く見られる。

そこで徳島は明確なスタイルや欧州基準の指導者を持つことで、他クラブで伸び悩む才能や限られたスタイルで輝く才能を掬い上げ、育てることで能力の高い選手を集めたい。

例えば、山﨑凌吾は身長とスピードがある身体能力に優れた選手だった。
しかしプロレベルではパワーとシュート技術が足りず鳥栖では出場機会を得られていなかった。
徳島に来た当初もFWとしてはポジションを奪えずWBで使われることもあった。
しかしリカルド監督がプレッシングやネガティブトランジションを仕込んだことでCFとして開花。
試合に出続けているうちにポストプレーや決定力も向上し2017年には14ゴール7アシストを記録。
2018年夏にJ1へ引き抜かれた。

内田裕斗はG大阪時代から縦への突破を特徴とする左SBだった。
しかしプロではその特徴の部分が通用せず伸び悩み、徳島に来てからもSBやWBとして起用されたが目立った活躍はできず、馬渡や大本など同じポジションを補強され主力としての評価は得られていなかった。
しかし2019年にリカルド監督が3CBの左にコンバートしビルドアップを仕込むと才能が開花。
相手のプレスを剥がして運ぶドリブルと中央へ差し込むパスで非凡なセンスを発揮し、ビルドアップのキーマンとして欠かせない存在になった。
そのシーズン終了後にはJ1へ引き抜かれていった。

このようにフルスペックの選手が獲得できない徳島ヴォルティスは、伸び悩んでいる選手や特定の個性を持った選手を育てていかなければならない。
その育成で他クラブと差をつけるためには、スタイルの確立であったり、日本で育った指導者には持っていない知識やアイデアを持つ欧州の指導者が必要となる。

また、それ以上に重要なことがアカデミーから選手を育成することである。

フルスペック選手の獲得が困難という話をしてきたが、一つだけ可能性があるとすれば徳島県内の才能をいち早く囲い込みアカデミーで育成、そしてトップチームに昇格させることだろう。

先述したように徳島ヴォルティスはマネーゲームでは勝てない。
ならば正面から札束で殴り合うのではなく、お金の使い方を工夫する必要があるだろう。

ひとつは設備投資だ。

既存選手がこのクラブにいることに価値を感じる環境を整えることで、選手の成長を促す。
それがこのクラブでプレーしたいと思う給与面以外での価値となる。

徳島ヴォルティスは2021年にクラブハウスを新築した。
トレーニングルームの拡張、食堂やサウナルームを完備するなど環境面への投資を行っている。

そしてもうひとつがアカデミーへの投資である。

徳島県の才能を徳島ヴォルティスのアカデミーで育て、獲得競争になれば取れないような選手を自前で育成するにはアカデミーへの投資は必要不可欠だ。

ポルトガルリーグのSLベンフィカは育成環境に毎年約15億円を投資していると言われ"育てた選手の売却→売却益で育成に投資"というサイクルを作り出している。
良い選手を育てるためにはそれだけの投資をする必要がある。

決算報告を見ると、徳島ヴォルティスのアカデミー運営費はJ1初年度の2014シーズンが3300万円だったのに対し、2度目のJ1である2021シーズンには6000万円と倍近くに増加。
さらに2022シーズンは1億6200万円と、昨シーズンから倍以上に増えている。
それだけ近年の徳島ヴォルティスはアカデミーに投資しており、本気で育成に取り組んでいることが分かる。

徳島ヴォルティスは選手を買う側ではなく売る側にならなくてはいけない。
そのためには選手を買うためにお金を使うのではなく、選手を育てるためにお金を使う必要がある。


県内の才能流出問題

徳島県内の有望選手は県外の強豪クラブや高校に取られてしまうという歴史をたどってきた。

平井将生、小西雄大はガンバ大阪
表原玄太はヴィッセル神戸
丸岡満、近藤蔵波はセレッソ大阪
西野太陽は京都橘
石田侑資は市立船橋

若くして地元を離れた理由を問われると、ほとんどの選手がレベルの高い環境を挙げる。
人口が少なく隣県とも距離がある地域では近場でレベルの高い環境づくりは困難であり、都市圏との差を埋めることは不可能と言える。

レベルの高い環境を求める選手たちを県内に留めるためには、環境面を上回るような魅力を提示できなくてはいけない。
現在行われているものを挙げると
・県外強豪クラブとの試合
リーグ戦は四国内や県内だが、トレーニングマッチは県外の高校や大学と行われている。
その他には船橋招待や和倉ユースなど全国の強豪が集まるカップ戦にも参加していたり海外遠征も行われている。
・トップチームからの一貫した指導
トップチームのスペイン路線化以降、アカデミーもトップと同じスタイルで育成が行われている。
トップの監督がアカデミーを視察したり、ユースの選手がトップチームの練習やキャンプに参加したりしている。
・欧州基準の育成
他クラブと最も差をつけられるとすればこの点だろう。
レアル・ソシエダと育成業務提携を締結し、アカデミー生がソシエダに練習参加
この点においては現状徳島ヴォルティスが日本で唯一無二の価値を明確に示せていると言える。
その他にもスペインでコーチ歴や海外でプレー経験のあるスタッフを置いている。
天才を集められるクラブではなく、秀才を育てられるクラブにならなければならない。

アカデミーに関しては、現状でもやれることは十分やっている。
これでも県外を選ばれるのならもう仕方ないと言わざるを得ない。
強いて言うなら全国大会出場率の高さを提示できるようになりたいところ。
都市圏と比べてレベルの低い環境にいるということは、全国大会に出場できる確率が高くなるのは相対的なメリットであると言える。
徳島市立の主力の約半数が県外組である理由はそれが大きい。
今でも出られている年はあるが、クラブユースやプレミアリーグ参入戦などにもっと毎年のように出られるような結果が付いてくるとベストだ。

あとは先述したように選手権をテレビで観たことをきっかけに県外の強豪校を選ぶ選手もいる。
現状徳島ヴォルティスユースの試合がテレビで観られる機会はない。
テレビのような受動的なメディアで放映される方が知名度は上がるものの、それが難しくてもせめてどこかで試合が見られた方が良い。
なので普段のリーグ戦や大会、トレーニングマッチでもいいが、フルマッチを年に数試合ライブ配信じゃなくてもいいから動画配信サイトで公開した方が良いのではないだろうか。
県外の選手が徳島を選ぶきっかけにもなるかもしれない。

さらには県内遠方地の才能にどうアプローチするかだろう。
先述したが徳島県は人口規模の同じくらいであるギプスコア県と比べても面積が広い。
まずは県内の才能をヴォルティスでしっかり囲い込むことが重要となる。
そしてゆくゆくは県外クラブのアカデミーと比較しても徳島ヴォルティスのアカデミーに入りたいという志望者が県内外問わず増えていけば理想的だろう。


監督の負担が大きい問題

上記のように、日本国内での選手の奪い合いで優位性を取ることは難しい。
その差を埋めるために監督の知識やアイデアを頼ることになる。

欧州で経験豊富なトップクラスの監督なんて来るはずもなく、監督をやりたいが欧州では空席がないが故に監督を出来ないような経験の浅い人材に監督の椅子を提供することで徳島に来てもらうということになる。

当然そこにはリスクもあり、日本の選手やリーグへの知識、徳島ヴォルティスというクラブの立場など、初めて日本ないし徳島に来る指導者はそんなこと知る由もないだろう。

どれだけ優秀なコーチだったとしても、ただ呼んできて後は丸投げというのでは上手くいく事なんてない。
監督側が持つ欧州で培った知識や経験と、クラブ側が持つJリーグで徳島ヴォルティスの監督として結果を残すための積み重ねてきたノウハウをすり合わせる作業が必要となる。

チームが上手くいかなかったり結果が出ない時、徳島ヴォルティスの持つ前提条件と向き合う事について疎かにしていないか、もう一度考える必要がある。
その戦術は徳島で実行可能なのか?
その戦術に必要なクオリティの選手は徳島が獲れるのか?
今のスカッドと戦術は合っているのか?
理想は必ず必要だが、今確かにここにあるのは現実で、その狭間に徳島ヴォルティスは存在している。

監督にも理想はあるだろうが、それだけで徳島ヴォルティスでの成功は難しい。
ポヤトスやラバインに比べてリカルドが成功したのは、特定の配置や戦術にこだわらず手持ちカードの能力に合わせた最適解を見つけることを厭わなかったからではないだろうか。
戦術に足りない選手をすぐに補強で埋められるビッグクラブには全く必要ない能力なのかもしれないが、徳島のような持たざるクラブにはこれが最も求められる能力といっても過言ではない。
それだけここは特殊な環境なのだ。

クラブ側が欧州の若手監督に徳島ヴォルティスの監督として結果を残すためのノウハウを提供するためには、スタイルの継続性による蓄積と、それをすり合わせるためのメソッドを持たなくはいけない。


選手が引き抜かれる問題

フルスペックの選手が集まらないから育てるのは良いが、それによって出てくるのが育った選手すぐに引き抜かれる問題である。

我慢して使い続けた選手もシーズンが終われば上位クラブへと引き抜かれてしまう。
そうなると次のシーズンには選手をまた最初から育てるという堂々巡りに陥り、戦力の維持向上や継続した戦い方の積み重ねが困難となってしまう。

育成と言っても若手ばかり集めるのではなく、見本となる選手、試合で軸になれる選手がチームを支えなければ若手選手の成長も上手くいかない。

メリットと言えるのは、移籍金収入や、後に海外移籍した際の育成貢献金が入る投資的要素がある。
また、ステップアップの多さが質の高い若手選手を集めるためのプロモーションになっている側面もある。
これらを重視するのがクラブとしての方向性でもある。

しかしやはりデメリットも大きい。

引き抜かれたらその穴を埋める補強が必要となる訳だが、引き抜かれてから獲得に動くでは遅い。
獲得したい選手が既に他のクラブへの移籍が決まっているなんていうことになってしまう。
そのためクラブは選手への問い合わせや活躍度合いなどからある程度どれくらい選手がいなくなるかを予測して動く必要がある。

2023年は恐らく出ていきそうだった選手が軒並み残ってくれたことで想定よりもスカッドが膨れ上がったのではないだろうか。

逆に2022年は想像以上に選手がいなくなり、人数を揃えるだけで精一杯となってしまった。
前年それほど出場機会の多くなかった選手が活躍してくれたことでなんとかなった部分は大きく、多めに選手を抱えていたことが功を奏した形となった。

徳島ヴォルティスのスカッドはここ数年30人以上というのが続いているが、毎年のように選手を数多く引き抜かれることが大きく影響しており、保険として選手を多く保有しておくことは育成型中堅クラブの宿命であると言える。

欧州と違い日本にはBチームがない。
比較的特殊なサッカーを志しているクラブにおいて、若手選手をクラブのスタイルにフィットさせるまでは時間がかかる。
そのためBチームがないぶんトップチームで若手を多く抱えることになるが、引き抜かれ対策として主力層の選手も多めに選手を抱えていることで若手の出場機会を担保できないことは課題だ。
それでも出場機会を得た時には素晴らしいパフォーマンスを見せてくれる選手は多くいるため間違いではないやり方なのだろう。

スカッドをフルに使わなければいけない状況のデメリットは他にもあり、夏の補強が難しくなる点だ。
オフシーズンにどれだけ万全のスカッドを組んでも、シーズンが始まってみなければわからない事もある。
補強した選手がうまくはまらなかったり、特定のポジションに怪我人が重なるなど。
オフの段階では余白を残しておき、夏の市場でスカッドを100%に近づけていく形が理想的であると言える。
そのためにはA枠に空きを作っておく必要があるが、現状のように冬の段階でA枠を使い切っていると放出しないと獲得できないという状態となり、その分複雑な仕事を強いられることになる。

保険や競争として選手を多めに保有しなければならない一方、それが若手の出場機会を減らしている。
ここのバランスはかなり難しく、未だ明確な答えは出せていないのではないだろうか。
試合で結果を残すための生存戦略と若手育成のための生存戦略がぶつかっている状態だと言える。


地域の持つ問題

地域の環境面における問題についてはクラブがどうにかできる範疇ではない。
しかし、じゃあ仕方ないねで終わらせてしまっては何も始まらない。
ここではJリーグが行っている観戦者調査サマリーレポートを基に光明を見出していきたい。

観戦者調査サマリーレポートとは、Jリーグが各クラブのホームゲーム時にスタジアム内で行ったアンケートを基に作ったレポートである。
J1,J2とJ3は分かれているため今回集計したのはJ1,J2のみとなりJ3は除外されている。
徳島ヴォルティスのホームクラブ観戦者有効回答数は毎年400前後である。
400サンプルの許容誤差が5%程度と言われているので、それを頭に置いて参考程度に見て欲しい。

それでは各項目を見ていこう

・自由裁量所得

自由裁量所得とはざっくり言うと、1ヶ月の趣味に使える金額である。
2009年~2019年のJリーグ平均と徳島ヴォルティス平均がこちら

徳島ヴォルティス平均とJリーグ平均の差額11年間の平均は-3,591円
一年間にすると-43,029円
この11年間徳島とリーグの平均入場者数の差が-2519人
-43,029円×-2,519人すると、1年間で約1億800万円の差額になる。

徳島県の最低賃金は2023年10月時点で時給896円と全国で下から2番目。
厚生労働省による令和3年の調査では平均年収は30位。
当然賃金の低さに伴い趣味に使える金額も低いということになる。
そうなるとクラブは他の地域よりチケット価格を低く設定しなければいけないし、グッズなど他地域と値段差をつけにくいものは売上数が下がってしまう。

Jリーグ内の順位がこちら

概ね30位前後を推移しているため給与水準と自由裁量所得は連動していることが分かる。

・平均年齢

2005年~2019年における観客の平均年齢がこちら

次に2019年の年齢分布がこちら

平均年齢はJリーグ平均より高く、最も割合が低いのは19歳~22歳の大学生の年齢となっている。
徳島ヴォルティスのJリーグ参入をリアルタイムで知る30代以降が約7割を占める。

徳島県は進学や就職で県外に出る人が非常に多いため20代が少なくなるのはどうしようもない部分はある。
しかしそれは必ずしもデメリットとは言い切れない。
先ほど県内の賃金レベルに言及したが、徳島ヴォルティスサポーターが必ずしも県内に住んでいるわけではない。
進学や就職で県外に出て賃金が高い企業で働く人たちが徳島ヴォルティスにお金を落としてくれれば損失を取り返すことが出来る可能性はある。

そのためには子供たちが徳島県内にいるうちに徳島ヴォルティスのサポーターになってもらう必要がある。
それにはどうすればいいのかを見ていきたい。

・男女比

Jリーグ平均と徳島ヴォルティスの観客における男女比がこちら

多少ばらつきはあるが、徳島ヴォルティスはJリーグ平均と比べ女性の比率が高めということが分かる。

この要因と言えるのが次のデータ

・同伴者

徳島ヴォルティスの試合を誰と見に来ているかを示したグラフがこちら

この通り、徳島ヴォルティスの観客は家族連れが圧倒的に多い。
Jリーグ内の順位で見るとこちら

他クラブと比べても徳島は家族連れの割合はかなり多い。
2011年は1位になっており、過去15年で7回トップ5入りしている。

家族連れが多いことが女性比率を高める一因となっていると考えられる。

若者が県外へ流出する前に徳島ヴォルティスのサポーターになってもらうためには家族連れが非常に大事となる。
スタジアムが公共交通機関では行きづらい場所にあることもあり、特に未成年は親に連れて行ってもらうか送ってもらわなければ観に行くのが難しい。
そうなると一番手っ取り早いのは家族層を囲い込むことである。
親世代に徳島ヴォルティスを好きになってもらう、最低限Jリーグを観に行くことにポジティブな印象を持ってもらうことは非常に重要となってくる。

・観戦頻度

一年間に何度観戦に訪れるかを表した観戦頻度
徳島ヴォルティスサポーターのデータがこちら

Jリーグ内の順位がこちら

理由はよくわからないが2016年以降の観戦頻度が急上昇しており、リーグでもトップクラスになっている。
来てくれる人は毎試合来るが、観戦頻度の低い人が少ないということは逆を言えばライト層が少ないという考え方もできる。
現状サッカーにあまり興味のないファミリー層をどう取り込みリピーターにしていくかという点がサポーターを増やしていくうえで重要なポイントとなってくるだろう。

まず子供たちに興味を持ってもらうという点においては、現在クラブが行っている選手が小学校に訪問する活動は非常に有益な活動であると言える。
しかし実際に子供たちがスタジアムへ試合を見に来るということになるとハードルは上がる。
やはり選手が行くのではなく試合を見に来て欲しい。
遠足感覚で学校行事として試合を観に行くというイベントを作ることが出来れば、親の負担や事情を無視して試合を観戦してもらえるので理想的だが実現するのは難しい気はする。

・居住地

徳島ヴォルティスのホームゲームを観に来る人はどこに住んでいるのかを表したデータ。
まず県内か県外かのパーセンテージがこちら

Jリーグ平均と比べ、徳島の観客は徳島県内から観に来ている人が多いことが分かる。
これは先述した隣県との距離の遠さに起因するものが大きいと考えられる。

次に徳島県内から観に来る観客の居住地トップ3がこちら

2009年~2019年の11年間のデータでは、徳島市、鳴門市、板野郡の3つ以外の自治体は一度もトップ3に入っていない。
そのトップ3において、11年間で一度も1位を明け渡していないのが徳島市
板野郡が9回2位、2回3位
鳴門市が2回2位、9回3位
それ以外を全て合わせた数値が毎年3割ほどという結果になっている。

スタジアムがある鳴門市、そこに隣接する板野郡、そしてその隣であり県庁所在地の徳島市と、鳴門から距離が近い3つの自治体が不動のトップ3である。

スタジアムがあるからといって鳴門市に住んでいる人がスタジアムに行く割合が特別高いという訳ではない。
要は立地の利はそれほど活きていない。
一方、トップ3以外から3割ほど来ているというのは、スタジアムの立地から考えても多いのではないかと思う。
それは、徳島市より南や西に潜在的な観客が眠っている事の証明とも言える。

ファミリー層や、そこから脱した中学高校生にアプローチするという意味においても、多くの県民が観戦に行きやすい場所にスタジアムがあるべきだ。
普段の生活で目に付く場所にスタジアムがあるだけでライト層や新規層への発信力は高い。
徳島ヴォルティスの事業規模をもう一段階上げるためには、徳島市中心部へのスタジアム移転は必要不可欠だろう。


・観戦者調査サマリーレポートから見える生存戦略

徳島県は賃金水準が低く、若者の多くは県外へ進学就職する。
そんな環境で他地域と戦っていくためには、県外のハイレベルな大学や給料の高い企業へ行く人材を子供のうちに徳島ヴォルティスサポーターへ囲い込む必要がある。
そのためにはファミリー層へのアプローチが重要となる。

徳島ヴォルティスは目指すスタジアム像として、JリーグNo.1の安全で快適なスタジアムという目標を掲げている。
詳細はHPに書いてあるが、クラブが目指しているスタジアム像はファミリー層をメインターゲットに据えているのではなかと考えられる内容である。
既にクラブはかなりファミリー層を意識しているのではないだろうか。
子供を徳島ヴォルティスの試合に連れていくことは、教育に悪いと思われた時点で負けなのだ。

選手だけでなく、将来のサポーターも育成するという視点を持つ事はひとつの生存戦略となり得る。
そしてそれはクラブや選手もだが、今いるサポーターたちの協力が何よりも重要である。

親が子供を連れていきたいと思えるスタジアムを作ることは、そこでサッカーをしたいと思う子供が増えることに繋がる。
それは将来の選手補強、サポーターの獲得、スポンサーの獲得をしていると言っても過言ではない。


結文

地方後発クラブである徳島ヴォルティスがJリーグのなかで生き残り、上を目指すというのは間違いなく容易ではない。
単純に良い選手を集める、勝てるサッカーをする、欧州クラブの模倣をするといった安直なやり方では決して成功には近づけないだろう。
目の前にあるトレンドや成功している戦術に飛びつきたくなってしまう気持ちは分かるが、自分たちの立場や環境という前提条件と向き合うことを忘れず、徳島ヴォルティスだけの方法論を作り上げていかなければいけない。

地域の環境や経済、教育と言った部分は、ヴォルティスだけではどうにもならない部分は大きく、最終的には徳島県全体として経済力や教育レベルを上げるという所に行きついてしまう。
サッカーを強くするためにはサッカーだけじゃなく徳島県の全てを良くしなければならないから、問題は考えれば考えるほど膨れ上がっていく。
この点は都会よりも地方の方がより直接的な関係にあるだろう。
翻って言えば、仕事をしてお金を稼ぐ、学校で勉強する、買い物をするなどといった日常生活の全てが徳島ヴォルティスを強くすると言っても過言ではない。
フットボールは生活に希望を灯し、日常に意味を与えてくれる。

真っ白じゃない徳島ヴォルティスのキャンバスに描く絵は、人気の絵でも、流行りの絵でも、名作の模倣でもいけない。
青と緑の二色だけで描ければいいが、それも難しい。
足りない色は、スペインのrajo(赤)やamarillo(黄)かもしれないし、バスクのgorria(赤)やberdea(緑)かもしれないし、ソシエダのtxuri(白)やurdin(青)かもしれない。
様々な色を借りながら、青と緑が最も輝く、他の誰にも描けない絵でなければならない。

前提条件を忘れていないか、見落としてないか?
それらを踏まえた上で生存戦略を提示し遂行できているか?
それを適切に評価できているか?
1回J2を優勝したくらいで、2度J1を戦ったくらいで、自分たちのクラブが強豪かのように勘違いしてはいけない。
徳島ヴォルティスはあくまでも後発の地方の中堅クラブである。
我々はこのクラブを見続ける限り"選べないこと"に向き合い続けなければならない。




※参考動画


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