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9/21(火) 満月の夜に思い出すのはこっぴどい失恋のこと

 満月を見て思い出すのは数年前の失恋だ。

 うまくいっていると思っていた交際相手から突然別れを告げられた。そんな馬鹿な!前回のデートでは楽しく過ごしたはずなのに。次は新しくできた洋食屋さんに行こうねって約束したばかりだったのに。

 別れるなんて言わないでくれとすがり、「そういうところが無理なんだ」とバッサリ斬られた。

 大好きな相手に「無理」と言われた瞬間の、体の中心を硬くてするどい金属に射抜かれたような衝撃はきっと忘れない。

 「他に好きな人ができた」とか「気持ちがさめた」とかじゃなくて、「無理」なのだ。受け入れようと努力をしても受け入れられないほど絶望的というニュアンスを感じる。

 私にとっては突然だったが、相手にとってはそうではなかったはずだ。気付かぬうちに何かを積み上げてきてしまったのだろう。そして限界がきたのだ。

 振られてからしばらくは食事も睡眠もまともにとれなかった。身体をボロボロにしながらなんとかやり直す方法はないかと考えあぐねていた。

 どんな風に連絡をすれば心を動かせるだろう。どんな風に立ち回れば状況を変えられるだろう。どうすれば、どうすれば。

 「そういうところが無理」だと言われているというのにもかかわらず、自分にもまだチャンスがあるはずだと信じて疑わなかった。

 振られたことにショックを受けるあまり、相手がどれほど悩んで別れを告げてきたのかというところに考えが及ばなかった。その身勝手さに気が付いたとき、もう一度やり直す方法を考えるのはやめるべきだと思った。

 こっぴどく振られてもなお都合よく相手を動かせないかと考えている自分を恥じた。

 終わりにしよう。そう決めた夜、見上げた空に満月が浮かんでいた。

 月は何も言わないが、応援してくれている気がした。目にたまった涙の中で月がぶるぶると震えた。次に満月を見上げる頃には今より少しはマシな気分になっていますように。

 それ以降、満月の日がくる度に自分の状態を確かめるようになった。前よりマシな気分になっているなと思う日もあれば、まだ未練があるなと思う日もあった。

 そうやって進んだり戻ったりをくり返し、やがて満月の日を意識することすらしなくなった。

 あれから何度目の満月だろう。月はあの日も今日も同じようにまるまると光り、夜道を明るく照らしている。

 「無理」と言われた瞬間を思い出せば未だに胸がキュッと縮む。だけどもう涙は出ない。ずいぶん元気になったものだ。今はお月見団子の代わりにまあるい揚げ物を食べるのもありだななんて考えている。

 どこかで泣いてる人が今日のまんまるい月で気を紛らわせられますように。そして次の満月の夜に今日よりも笑えていますように。

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