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【進撃の巨人という哲学書】33.奴隷からの解放  ~47話~

アニメタイトル:第47話 友人

あらすじ

ケニー・アッカーマンという男の物語です。
ロッドレイスに雇われた殺し屋です。
リヴァイ兵長の妹の兄で。つまり叔父で、リヴァイを一人前の兵士に育てた男です。
ロッド・レイスの弟ウーリ・レイスが始祖の巨人の能力を持っていた時代、ケニーはウーリに雇われました。二人は不思議な友情を育みます。
ケニーは駐屯兵団の一分隊として部隊を指揮するにまで登りつめました。
礼拝堂でのエレンとヒストリア奪還作戦でケニー部隊と調査兵団は激しく戦い、ロッド・レイスが巨人化した時の崩落でケニーの部下たちは全滅。
ケニー自身も重傷を負いました。
大木に背中をもたれ、瀕死の状況でリヴァイと最期の会話をします。


ケニーはロッドの鞄から巨人化する注射器セットを盗んでいました。
それを自分に打てば巨人になり延命する事ができるのですが、ケニーはそれをやりませんでした。
そしてその巨人化注射セットをリヴァイに渡し、死にました。


あれこれ考えてみよう。

ケニー
「俺が見てきた奴ら。みんなそうだった。酒だったり。女だったり。神様だったりもする。一族。王様。夢。子供。力・・・」
「みんななにかに酔っぱらってねえとやってられなかったんだな。」
「みんな何かの奴隷だった・・・」

みんな何かの奴隷で。
それにすがりつく事で何かを忘れるようとしているのかもしれません。

まるで酔っぱらったように何かの奴隷になっているんです。
「これがあるから生きていける」と言うのは、逆に「それが無ければ生きていけない」と言う事で。
それは、カッコいい事ではなくて、実は情けない事なのかもしれません。

多くの人は一つの道をストイックに追い続ける求道者に憧れますが。
私はそういうタイプが少し苦手です。
「愛する」とは「縛る」または「縛られる」に似ています。
「夢中になる」とは「思考停止」に似ています。
「頑張る」とは「頑なになる」事ですし「必死」とは「必ず死ぬ」事です。
確かにその状況は最早「奴隷」です。
人は知らず知らずに自分で自分を縛っているのです。

人は年齢とともにそれは二極化します。
年を取るにつれて、身を守る為に鎧兜で身を固めて身動きが取れなくなる人と、年を取るにつれて裸になって身軽になる人とに二極化します。
強欲な年寄りが醜いのはその為でしょう。
前者は奴隷のように頑なで卑屈で醜い目になります。

年を取るという事はさまざまな力を失うと同時に、自分の度量にあった事を取捨選択する事なのかもしれません。
それがカワイイ年の取り方をするコツのような気がします。

カワイイおじいちゃんになりたいものです。

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