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【進撃の巨人から見る心】44 ジークと山上徹也被告  ~57巻~

アニメタイトル:第57話 あの日

あらすじ

この第57話「あの日」は物語が大きく脱皮して羽ばたく前のさなぎの期間です。
細かく分割して丁寧に進めたいと思います。

さて、エレンの父、グリシャ・イェーガーの結婚期の物語です。

グリシャはダイナと結婚し、男子を授かりました。
その子の名前はジーク

そんなある日。マーレ政府からの通達です。
マーレ政府が我々ユミルの民(エルディア人)から「七つの巨人」を継承する器としてマーレの戦士を募りました。
フクロウからの手紙によると
「今回マーレ政府が動き出した理由、それは来る資源争奪の時代にいち早く対応するためである」
「知っての通り近年の軍事技術は目覚ましい進歩を遂げている」
「今日のマーレを世界の指導者たらしめる力「七つの巨人」が絶対ではなくなる日も近い」
「これからは燃料を背景とする軍事力が物を言う時代と移りゆくだろう」
「その時代を迎えるにあたり、莫大な化石燃料を埋蔵するとされるパラディ島は決して無視できるものではなくなった」
「しかし、パラディ島を征服するのは未だ容易なことではない」
「依然フリッツ王は壁に籠もったまま音沙汰ないが、80年前に言い残した言葉がある」
「今後我々に干渉するなら」「壁に潜む幾千万の巨人が地上のすべてを平らにならすだろう」
「この脅威が健在であるうちは、何人たりとも正面から手出しはできない」
「つまり、マーレ政府の目的は我々と同じ、フリッツ王を刺激せぬように壁内に侵入し、「始祖の巨人」を奪還することである」

このままでは「始祖の巨人」をマーレ政府に奪われてしまいます。
それではエルディア復権派は念願が成就できません。
そこでグリシャは息子ジークを「マーレの戦士」にする事を決意します。
そしてグリシャは息子ジークをエルディア復権派の希望として洗脳教育を進めます。

しかしジークは7歳の時。
自分の両親とその仲間をマーレ政府に密告したのでした。




あれこれ考えてみよう。

エルディア復権派とマーレ政府との間で、「始祖の巨人」争奪競争が勃発したわけです。
あくまでもマーレ政府に管理されているエルディア人は奴隷扱いです。
マーレ政府が持つ「七つの巨人」の器としてユミルの民(エルディア人)から戦士を募集します。
そこで、我が子ジークを「マーレの戦士」として差出し、マーレの為にマーレ戦士として戦いますが、心はエルディア復権派で、最後の最後でその「始祖の巨人」をエルディア復権派に奪還させる。
そんな計画です。

その複雑な任務を遂行できるよう、両親はジークを教育します。
エルディア復権派の教えを叩きこんだのでしょう。強い洗脳だと思われます。

しかしジークは7歳の時。
自分の両親とその仲間をマーレ政府に密告したのでした。

2022年7月8日安倍晋三銃撃事件の犯人、山上徹也被告はいわゆる宗教2世です。
母親が入信して多額の献金をしていた「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)」への恨みからの犯行でした。
その後、宗教2世の苦悩が様々な方面からピックアップされました。
いわば、山上徹也被告はジークです。
その犯行については言及しませんが、彼の人生がどんなに辛かったかは想像できます。

進撃の巨人にはさまざまな親子の物語があります。
クリスタはレイス家の血を引き、その血筋を利用しようとした父ロッドレイスの物語でした。
サシャと父は森と文明と昔と今と掟と変革との狭間でぶつかります。
コニーの母は巨人にされてしまいました。
リバァイの母はリバァイの幼いころに死に、その兄であるケニーに育てられます。
ケニーはリバァイに生きる力を戦う能力を教え込みます。
運命は皮肉にも二人を敵として戦いますが、その実は、不器用にも親子を夢見ていたのかもしれません。
リヴァイの父は壁外の世界に気づいていて、それを確認するが為にリヴァイは戦い続けました。
ミカサの両親は盗賊に殺されました。
エレンの母は巨人に食われ。「一匹残らず巨人を駆逐してやる!」とその怒りをぶつけます。
エレンの父はこうして秘密を残して消息を立ちました。
そして、そのエレンの父には、違う世界に違う妻がいて、ジークという息子がいました。
そして、そのエレンの父にも当然父がいて、マーレ人に膝を折る奴隷そのものでした。

親は子を思い。
また、時に子を利用し。
愛と欲望と誤解と信頼が重なり絡みあってDNAは繋がれていきます。
幸せな家庭で生まれる子もいれば、不幸な家庭に生まれる子もいます。
親の思う様に育つ子もいれば、全く親の思うようには育たない子もいます。
親の思いを理解できる子もいれば、親の思いを逆恨みする子もいます。
子供にとって最初に触れあう大人は親です。
親の影響は大きなものです。
進撃の巨人のそれぞれのキャラクターにもそのキャラクターになる親子関係が上手く描かれています。

いずれにしても、子の人生は子の人生です。親の人生ではありません。

グリシャ
「しかし私は知っていたはずだ。親が子を自らの思想に染め上げる罪深さを。王家の血を引く子でもエルディア復権派の希望でもなくジーク自身と向き合ったことが一度でもあっただろうか」

そう反省した時にはもう手遅れでした。

山上徹也被告の母はグリシャと同じ悔恨の念を抱く事ができたのでしょうか。

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