野村喜和夫

詩人。詩集に『風の配分』(高見順賞)『美しい人生』(大岡信賞)、小説に『骨なしオデュッ…

野村喜和夫

詩人。詩集に『風の配分』(高見順賞)『美しい人生』(大岡信賞)、小説に『骨なしオデュッセイア』、評論に『移動と律動と眩暈と』(鮎川信夫賞)など、著訳書多数。Noteには主に『魚群探知機』と題して、アフォリズム的な断章を書いていきます。

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魚群探知機(1)

*第1海域(瞬間の雪) 想像のなかの鳥。──私の想像のなかの鳥は墜ちない。たとえ死んでも、はばたきを灰のように散らしながら、うっすらと浮かぶ雲にまぎれてゆくだけ。 想像のなかの鳥(別バージョン)。──私の想像のなかの鳥は墜ちない。空の高みで凍結したまま、やがて死骸となることはあっても。 愛。──世界とは、まず壊すべきものとして在る。なぜなら、世界が自分とは関係なくあらかじめ完璧なものとして与えられているとするなら、どうしてそれを愛することができようか。壊せ、壊せ。し

    • 魚群探知機(8)

      *第一海域 瞬間の雪 意味をもとめない、それが意味だ。──私の言語思想をひとことでいえば、「意味をもとめない、それが意味だ」ということになろうか。意味を求めないということは、しかし、意味を求めることを排除しない。どころか、意味を求めることとの生き生きとした関係においてのみ成り立つ。意味の森をどこまでも辿ってゆくと、突然、林間の空地のように、あるいは岬のように、非意味のひろがりがあらわれるのである。 狂おしい機械。──いうまでもないが、われわれは機械である。われわれの身

      • 魚群探知機(7)

        *第1海域(瞬間の雪) 荒野。──そしてエンターテインメントだけが残った。いまの時代の文化状況をひとことで言い表すなら、そのようなことになるだろう。荒野、見渡すかぎりの荒野だ。 時代。──近代という時代は、未来を恃みとする時代であった。たとえばマーラーは、自分の音楽は50年後にしか理解されないだろうと予言し、そしてその通りになった。だがいまや、とくにアヴァンギャルドな──という言葉自体が死語になりつつあるが──仕事にたずさわる芸術家は、こう言わなければならないのではない

        • 魚群探知機(6)

          *第1海域(瞬間の雪) 燠。──燠に憧れる。ビロードのように柔らかい燠。燃えてはいないが、ただそこから名づけようのない待機という名の熱が発散されることによってその存在がたしかめられる、ひそやかで女性的な燠。そんな燠とともにありたいし、あるいはたまさか、そんな燠にもなってみたいと思う。 巻き込まれていきます、巻き込まれていきます。──ある幻想。はじめに穴がみえた。小さな穴だ。肛門かもしれない。老婆の口のように放射状の皺がすぼまって、そう、たしかに肛門だ。しかしすぐにそこに

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        魚群探知機(1)

          魚群探知機(5)

          *第1海域(瞬間の雪) ゾーン。──ふだん島国に住んでいると、国境という言葉を聞いて頭に浮かぶイメージが貧困だ。何か柵のようなものがあって、荒涼としていて──と、その程度である。あまつさえ、グローバル化が国境を消しつつあるという。しかし同時に、グローバル化によって無数のあらたな国境や周縁が生まれつつあるということも、またたしかであろう。そういうゾーンこそ、あらゆる意味において豊かであり、人の生がさかんに燃えている。何かかが接触しぶつかればそこにエネルギーが生まれるというのは

          魚群探知機(5)

          魚群探知機(4)

          *第1海域(瞬間の雪) いまだ世界は神秘に満ちている。──いまだ世界は神秘に満ちている。あるいは少なくとも暗合に満ちている。アンドレ・ブルトンのいわゆる客観的偶然にも似て、世界はひとつの大きな無意識であり、あるいは脳であって、われわれの働きかけ次第では、われわれ自身の夢と行動とをつなぐ思いがけないシナプス結合に出くわすことにもなろう。とそんなとんでもないことを考えたのは、ある年の夏、ささやかながら不思議な経験をしたからだ。私はまず、スイスはローザンヌ近郊の「作家の家」という

          魚群探知機(4)

          魚群探知機(3)

          *第1海域(瞬間の雪) すばらしく不穏。──街深くに眠っているはずの野性的な反乱のエネルギーを、もうひとつの野蛮、効率性という名の野蛮への対抗として掘り起こすこと。われわれは誰しも、心の底に、すばらしく不穏な分子となる種を秘めているのではないか。 群島的。──このグローバルな時代に、きみが夢みるのは、たとえば群島的接続、井戸的パフォーマンス。 誰によって。──たまさか気づくことがあるように、私たちが夜ごとにみる個々の具体的な夢は、いわば夢のなかの夢にすぎず、そのひと

          魚群探知機(3)

          魚群探知機(2)

          *第1海域(瞬間の雪) 前未来。──廃墟は未来からやってくる。廃墟のイメージを織り込むことなしに未来を思い描くことはむずかしい。いや、前未来として、廃墟はほとんどわれわれのテクストである。 共生。──パスカルをもじって言うなら、私たちは、ただそこに立つ一本の樹木にすぎない。だが、ときおり鳥が止まりに来て、さえずる。樹木はそれを自身の奥深くからやってきた声のように聴き取り、なんともいえない喜びをおぼえる。それが共生ということだ。樹木はそのような喜ばしい錯誤を鳥という他者に

          魚群探知機(2)

          魚群探知機

          *第一海域(瞬間の雪) 想像のなかの鳥。──私の想像のなかの鳥は墜ちない。たとえ死んでも、はばたきを灰のように散らしながら、うっすらと浮かぶ雲にまぎれてゆくだけ。 想像のなかの鳥(別バージョン)。──私の想像のなかの鳥は墜ちない。空の高みで凍結したまま、やがて死骸となることはあっても。 愛。──世界とは、まず壊すべきものとして在る。なぜなら、世界が自分とは関係なくあらかじめ完璧なものとして与えられているとするなら、どうしてそれを愛することができようか。壊せ、壊せ。しかるの

          魚群探知機