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長田弘、詩集『世界はうつくしいと』より。日々の冒険と。

長田弘の詩集『世界はうつくしいと』より。

上で紹介した詩とは、ほかの詩をまた紹介します。

大いなる、小さなものについて
替えがたいものの話をしよう。
それは、たとえば、引き出しの奥にある、
百年前の木でつくった一本の鉛筆のようなものだ。
マルティヌーの「ダブル・コンチェルト」や、
メシアンの「鳥のカタログ」のような。
幸福は、窓の外にもある。樹の下にもある。
小さな庭にもある。ゼラニウム。

マルティヌーとメシアンは、ともに20世紀の作曲家です。

「鳥のカタログ」は早朝の、フランスの田舎で、鳥たちのさえずりを聴きながら、何度もそこに通いながら、作曲されたピアノ曲です。

また別の詩より。

オキーフの、ニュー・メキシコの空と山々も
そうだ。わたしは頑なに信じているが、
モノクロームの、世界のすがたは、
どんな色彩あふれる世界よりも、
ずっと、ほんとうの世界に近いのだ。

東京都写真美術館などで、モノクロの写真を見るのも素敵です。長田弘さんは音楽や美術が大好きだったようです。哲学も好きだったでしょう。

シェーカー・ロッキング・チェア
すべて、じぶんたちの手でまかなって生き、
労働を信じ、働くことが祈りだと信じた。
そして休息日には、ロッキング・チェアを愛した。
おどろくほど頑丈な椅子を。それでいて、
おどろくほど軽やかな椅子を。
飾りのない、それでいて、
とても繊細な椅子を。

次は、フランク・ロイド・ライトという建築家を歌った詩より。

家は、低く、そして小さな家がいい。
水平な家がいい。地平線のなかに、
隠れてしまうような家がいい。
大地を抱えこんでいるような家がいい。
風景という、驚くべき
本の中の本。

長田弘さんは素朴なものを愛したのでしょう。

カシコイモノヨ、教えてください
──冒険とは、
一日一日と、日を静かに過ごすことだ。
誰かがそういったのだ。
プラハのカフカだったと思う。
夜、覆刻ギュツラフ訳聖書を開き、
ヨアンネスノ タヨリ ヨロコビを読む。
いちばん古い、日本語で書かれた聖書。
ハジマリニ カシコイモノゴザル。
コノカシコイモノ ゴクラクトモニゴザル。
コノカシコイモノワゴクラク。

「カシコイモノ」はことばであり、「ゴクラク」とは神のことだそうです。タヨリは、福音です。

だから、カシコイモノヨ、教えてください。
どうやって祈るかを、ゴクラクをもたないものに。


『世界はうつくしいと』長田弘 みすず書房


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