ミヒャエル・エンデ『モモ』(1)小さな円形劇場で話を聞く女の子
児童文学者とも呼ばれる思想家、作家のミヒャエル・エンデ。その代表作のひとつに『モモ』があります。
副題は、「時間どろぼうと、ぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子のふしぎな物語」。
さて、小学生でも読むのにむずかしくはない『モモ』をゆっくりと紹介していきます。──もしかしたら、大人には難しすぎるかもしれません。
ローマを思わせる「大きな都会の南のはずれ」に、
松林にかくれるようにして小さな円形劇場の廃墟がありました。
そこに小さな女の子、モモが住み着きました。
背がひくく、かなりやせっぽちで、まだ八つぐらいなのか、それとももう十二ぐらいになるのか、けんとうもつきません。生まれてこのかた一度もくしをとおしたことも、はさみを入れたこともなさそうな、くしゃくしゃにもつれたまっ黒なまき毛をしています。
目は大きくて、すばらしくうつくしく、やはりまっ黒です。
足ははだしで、「古ぼけただぶだぶの男ものの上衣(うわぎ)を着て」いました。
近所の親切なひとたちと、子どもたちがモモの周りに集まりはじめました。
モモのところには、入れかわりたちかわり、みんながたずねてきました。
いつのまにか、町のみんなは「ごきげんよう!」と言うのと同じように、「モモのところに行ってごらん!」と口にするようになりました。なぜでしょうか。
小さなモモにできたこと、それはほかでもありません、あいての話を聞くことでした。
モモに話を聞いてもらっていると、ばかな人にもきゅうにまともな考えがうかんできます。
モモが相談に乗ったり、質問したりするわけではないのです。
ただじっとすわって、注意ぶかく聞いているだけです。
モモは、男の子がもってきた「歌をわすれたカナリア」ともいっしょにいました。カナリアはまたさえずりはじめました。
犬や猫、コオロギ、木々にざわめく風にも耳を傾けました。
そうして、古い円形劇場の石に腰かけて夜を迎えます。
まるで星の世界の声を聞いている大きな耳たぶの底にいるようです。そして、ひそやかな、けれどもとても壮大な、ふしぎと心にしみいる音楽が聞こえてくるように思えるのです。
これがお話のはじめの部分です。
──ところで、この本のはじめには「アイルランドのふるい子供の歌」から引用された言葉があります。
やみにきらめくおまえの光、
どこからくるのか、わたしは知らない。
ちかいとも見え、とおいとも見える、
おまえの名をわたしは知らない。
たとえおまえがなんであれ、
ひかれ、ひかれ、小さな星よ!
『モモ』ミヒャエル・エンデ作、大島かおり訳、岩波少年文庫
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