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2021.3.19. 雪のひとひら - スノーフレークの生涯

「雪のひとひら」は童話ともいえる人生の物語です。易しいことばで綴られています。

雪のひとひらは、ある寒い冬の日、地上を何マイルも離れたはるかな空の高みで生まれました。

「雪のひとひら」はむすめでした。

雲のなかから、雪となって兄弟たちと降ります。

まあ、おちる、おちる、おちる! ゆりかごにでものったように、やさしく風にゆられ、右へ左へ、ひらひらと羽のようにふきながされながら

その間に考えていたことは、

「わたしって、いまはここにいる。けれどいったい、もとはどこにいたのだろう」
このからだは、ガラスか綿菓子のかけらのような、幾百幾千の、きよらかにかがやく水晶でできていました。
全身が、星と矢と、氷とひかりの三角四角のあつまりで、さながら教会の玻璃窓(はりまど)です。きらきらする花びらをいっぱいつけた花です。

雪のひとひらは、地上に降って、子供たちに雪だるまにされました。そこで、牝牛の優しい眼をみました。

「美って、何なのだろう。わたしもいままでに、空と、山と、森と、村を見た。それから日の出、女の子、そして、この灰色の牝牛の眼。」
「わたしをしあわせにしてくれたことでは、いずれもおなじなのだ。」

自分の生まれや美について考える時、雪のひとひらの思いは、いつも「造り主」に及ぶのでした。

雪だるまは崩され、暗いところに押しつぶされた雪のひとひらは、ついにまた太陽を仰ぎ、水となって丘をくだります。

水際にさくクロッカスのむらさきを映したかと思えば、バタカップの初夏の黄色にかわり、一秒後には年経(ふ)りた樫(かし)の木の物さびた茶褐色になりました。

山から野へ、粉挽小屋の水車に巻き込まれ、そこで「雨のしずく」に出会います。

「あなたの生まれたときのことをきかせてよ」
「たしか、アイスランドの上空だったと思うよ」

雨のしずくは、きれいな「雪のひとひら」に惹かれ、言います。

「雪のひとひらくん、ぼくといっしょにきてくれるかい?」

ふたりは長い川をともに流れ、雪のひとひらは「お伴させていただくつもりよ」と返事をして、湖にたどりつきました。

しあわせな時間が流れ、四人のしずくの子供が生まれます。

汽船、汽車、パラソル、古城。カヌー、大聖堂。

さまざまな川からの眺めを楽しむ日々でした。

それから、家族は「火の試練」を受けます。消火のために使われたのでした。雨のしずくは、

いかにもくたびれ、老けこんだようすで、
それでも雪のひとひらと子供たちに対しては、雨のしずくは相変らずこまやかで親切でした。
妻の方をじっと見つめるときなど、彼の眼はえもいわれぬやさしさにあふれ、
ふと気がつくと、雨のしずくは、すでに雪のひとひらのかたわらにはなかったのです。

天へ還ったのでした。

河は河口へ、海に向かい、雪のひとひらは子供たち四人との別れを予感します。そして、子供らは冒険に出かけ、それぞれの道をゆき、雪のひとひらはただひとり、海へ出ました。

自身の最期が近いこともわかっていました。

いかなる理由あって、この身は生まれ、地上に送られ、よろこびかつ悲しみ、ある時は幸いを、ある時は憂いを味わったりしたのか。最後にはこうして涯(はて)しないわだつみの水面(みなも)から太陽のもとへと引き上げられて、無に帰すべきものを?

だとしたら、美とはなんでしょう。雪のひとひらが見てきた景色は、なんだったのでしょうか。

「そのひと」の愛は失せたのでしょうか。造り主の愛は。

雪のひとひらは、空へと昇っていきました。

彼女の生涯はつつましいものでした。この身はささやかな雪のひとひらにすぎず、
けれどもこうしてふりかえってみると、彼女は終始役に立つものであり、その目的を果すために必要とされるところに、つねに居合せていたわけでした。
雪のひとひらは、自分の全生涯が奉仕を目ざしてなされていたことを悟りました。

造り主は、片時も、彼女を離れずに見守っていたのです。

最後に、雪のひとひらは、自分が生を享(う)けたこの世界のありようとその意味に、心から驚嘆したのでした。
雪のひとひらは、この宇宙のすばらしい調和を思い、この身もその中で一役果すべく世に送られたことを思いました。すると、安らかなみちたりた思いが訪れてきました。

初めとおなじ、

あのほのぼのとした、やわらかい、すべてを包みこむようなやさしいものが身のまわりにたちこめるのを感じ

天から言葉が聞こえたのでした。

「ごくろうさまだった、小さな雪のひとひら。さあ、ようこそお帰り」
"Well done, Little Snowflake. Come home to me now."(原文)

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スノーフレークの花

『雪のひとひら』ポール・ギャリコ 矢川澄子訳 新潮文庫



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