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2021.3.25. 北欧の短編「モーゲンス」変わり者の放浪と愛(3)

デンマークを舞台に、変わり者のモーゲンスの人生を描きます。婚約者をうしなって、失意のうちに放浪と放蕩の生活に戻る、モーゲンス。

どこか浮き世離れした、自然を愛するトーラに出会い、戸惑って会話をしました。

(1)(2)からの続きです。

数日後、ふたりは散歩をして、葡萄を育てる温室に入ります。

太陽はガラスの屋根にきらめき戯れていた。
葉や露に濡れた重たい葡萄の房は、日光に照らされて透き通るように明るく輝き、大きな緑の至福をなしてガラス屋根の下に広がっていた。
「あの頃!」と、モーゲンスは静かにくりかえして、彼女の前にひざまずいた。「でも、いまは? トーラ!」
モーゲンスはさらに一週間滞在した。結婚式は真夏に行うことになった。

ふたりはお互いの繊細な感性を認め合ったのでした。こうして婚約します。

それから、冬のある日、ふたりは馬車に乗って新しい生活のために出発します。しかし、モーゲンスは沈思します。

粗野と放縦の過去をもつ彼が。それは過去にすぎないのだとは言いきれない。たしかに彼は変わった。

果たして自分は、彼女にふさわしいのか。他方で、トーラもまた表に出さない感情を抱えていました。それをある日、吐き出します。

「あたしがどんなにあなたを愛しているか、わかってくださったらねえ! だけど、あたしとっても不幸なの──どうしてだかわからないわ──あたしたちはとっても離れている──いいえ、ちがうわ──。」
「あたしにはわからないんだけど、ときどきあなたになぐってもらいたいような気がするのよ──子供っぽいわね。あたし、幸福なの、ほんとに幸福なの。でもそれでいて、とっても不幸なんだわ。」
彼女は彼の胸に頭をもたせて泣いた。そして涙を流れるにまかせながら、口ずさみはじめた。
あくがれに、
あくがれにわれは生く!

朝日

また朝が来ました。

モーゲンスは長い間立って、彼女を見つめていた。幸福にまた安らかに。彼の過去の最後の影が消え失せた。
彼らはさわやかな朝の中へと出て行った。日光は大地の上に歓びの声をあげ、露はきらめき、早く目覚めた花は輝き、ひばりは空高く嬉々とさえずり、燕は空中を翔(かけ)っていた。

ふたりは丘を下り、見えなくなっていきました。

モーゲンス草原の薔薇たち

『ここに薔薇ありせば』ヤコブセン 矢崎源九郎訳 岩波文庫

*ヤコブセンの故国デンマークは、詩人・童話作家のアンデルセンを生んだ国でもあります。

おわり。

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