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正解なんてたぶんないのだろうけれど

何が正解なのかわからない。

熱こそないものの、たまに激しく咳き込む娘を連れて予定どおり飛行機に乗って帰省してよいものか。朝、ほんとうにぎりぎりまで夫と迷っていた。

高熱でぐったりしているならばさすがに迷わずキャンセルしたけれど、咳の発作以外はニコニコと普段どおり遊び回っているようすがまた、悩ましい。迷いに迷ったあげく、最終的には親の責任で「行くか!」と決めた。

そもそも今回の帰省は夫の出張に便乗したもの。つまりわたしと娘が家に残ることに決めても、夫はいつもどおり、数日間の出張へ行ってしまう。

白状しよう。結局わたしは、娘の体調不良の日々、不安を抱えながら幾夜もひとりで過ごすことを、可能なかぎり避けたかったのだと思う。

* * *

もともとアレルギー体質でぜんそくっ気があり、なにもなくとも朝晩の“モクモク”(機械を使って10分ほど吸入薬を吸入する)を欠かさない我が子。

わたしは子にぜんそくっ気があると言われるまで知らなかったのだけれど、雨の日や台風など、低気圧だと咳やぜんそくが悪化するというのはけっこう有名な話らしい。実際、アレルギー専門医の小児科医師からも言われた。

だから予想はしていたものの、行きの飛行機では気圧変化の影響もあってかいつも以上に咳がひどくて、上空での時間はかなりつらそうであった。

何より娘はつらそうだし、周囲のお客さんも気になるだろうしで、わたしは頭の中をカーっとさせながら、ひたすら咳の気配があるたびにパンダの刺繍がついたタオルを娘のくちもとにあて、時が過ぎるのを必死で待っていた。

迷惑だと批判されてもおかしくない立場だとも思う。

ひどい親、なのかもしれないな。やっぱり今回は見送るべきだったのだろうか……。

そんな思いを自分の中にも抱きながら、膝の上に娘を抱きながら、何が正解なのかわからずにいた。

* * *

地上に降り立ってからは咳も少し落ち着き、空港まで迎えにきてくれたじいじばあばとご対面した娘はわりとごきげんなようす。夫は空港でわかれ、直接現場へ向かう。わたしたちは車で実家へ。

実家は娘も何度か長期で滞在したことがあり、安心できる場所のようだ。到着するなり「あ、ここしってる」という感じで、家のなかをぐるぐる歩きまわりはじめた。おもちゃの置いてある場所もちゃんと覚えていて、とてとて歩いていき、自ら絵本やおもちゃを発掘する。

そのあともじいじ、ばあば、にもてなされ、紙飛行機を飛ばしたり、お絵かきをしたり。ぐるぐると線をひけば「じょうずだねえ!」「すごいねえ!」といつも以上にほめられ、「はい、お鼻フーンして」と言って上手に自力で鼻をかめると、いつもの3倍のオーディエンスから笑顔で拍手喝采をうける。

なんだか嬉しそうで、楽しそうな娘。そのようすをみると、ああやっぱり、来て正解だったのかもな、なんて思ってしまう、単純な自分。

だってもし家に残っていたらさ、突然予定が崩れて鬱々としたわたしにちょっとしたことでイラッとされ、理不尽に怒鳴られていたかもしれないもの。同じように食べ物を撒き散らしたとして、わたしだけなら「もう!」と怒鳴ったかもしれないところ、ここなら「あはは」と笑い合えるひとたちがいるから。

そうしてわたしはわたしで、実家に身をおくと、するするとほどけてゆく感じを味わってしまうんだ。固く複雑に組まれた紐が、するするする、とばらけて、すき間というか、余裕がうまれてゆく感じ。

自分だけが四六時中、気を張っていなくても、娘の安全がある程度保証されている場所。自分と同じような目線で、娘を見てくれるひとが複数いる場所。なんてありがたくて、くちうるさくて……、安らぐのだろう。

* * *

順調にご飯を食べてお風呂にはいり、スムーズに眠ったようにみえた娘は、いまも時折はげしく咳き込んでは起きてしまったりもして、横にいるわたしはなかなか休まらない。

やっぱり無理をさせてしまったのだろうか。いやでも、たぶんこれは家に留守番していたとしても同じ感じだったんじゃないだろうか。明日はこっちで小児科行こうかな。いまもまだ、正解なんてわからずにいる。

でもそんな状況でも、娘とふたりきりでマンションの一室、夜を過ごしている自分を想像すると、やっぱり、来てよかったんじゃないかなと思ってしまうんだ。

体調不良の娘とふたりきりで過ごす夜は、いつも不安につつまれる。夜中にもし何かあったらどうしようとか、咳の発作が突然悪化してとまらなくなったらどうしようとか、予想すらしないことが起きてしまったらとか。自分の判断の遅れが原因で、取り返しのつかないことになったらどうしようとか。

だれかがいる家はあたたかい。

まずひとこと相談できる、その距離に信頼できるひとがいてほしい。

何が正解なのかわからない。自信なんて露ほどももてずにいる。これは今回に限った話じゃなくて、子どもが生まれてからずっとそう。それでも何かを選択して、ときに失敗反省したりもしながら、前へ進んでゆくしかないんだろうな、たぶん。

自作の本づくりなど、これからの創作活動の資金にさせていただきます。ありがとうございます。