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無意味な形見 #毎週ショートショートnote

ガリガリと小気味良い音が響く。鉛筆を使うなんていつぶりだろうか。わざわざ鉛筆削りを買いに行ってまでこの鉛筆を使う意味はあるのか。

『涙鉛筆』と書かれた箱をおばあちゃんの葬式で渡された。東京でイラストレーターの仕事が軌道に乗りかけていた私は、おばあちゃんが入院したと聞いても見舞いに行かなかった。2か月後、おばあちゃんはあっさり死んでしまった。

母親から渡されたこの鉛筆はおばあちゃんが大切にしていたものらしい。おばあちゃん曰く、涙鉛筆を使うと涙を浮かべる表情が驚くほど上手に描けるんだとか。

今時、イラストもデジタルが普通だ。こんな鉛筆、意味がない。頭では分かっているがなぜか私は今、涙鉛筆を削っている。

スケッチブックを開く。悲しい顔、嬉しい顔、痛がる顔、感動した顔、さまざまな涙を描いていく。なぜか、昔おばあちゃんに絵を褒められたことを思い出す。

特別上手に絵が描けることはなかった。それどころか涙で紙がぐしゃぐしゃだ。「やっぱ意味ないじゃん…」おばあちゃんが亡くなってから初めて泣いた。​​(443文字)


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