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菜根譚の癒し

たまに電話をかけてくれる叔母は、母の弟の妻。
叔母からみれば、私の母は小姑にあたる。

こちらから電話することは最近あまりないので、親戚や先方の近況がわかるのはありがたい。

しかし、ありがたいとばかりも言えないのが親戚の難しいところだ。

85歳になる叔母の話題は、近況報告から脱線するとたいてい祖母と母の話になる。
ひと言でいえば、姑と小姑への不満だ。
もちろん、祖母も母もあちらに旅立って久しい。

叔母にとっては気持ちの持って行く先がないのだろうけれど、祖母と母がキツい人だったとか、自分が我慢することで上手くいっていたという話は、私にとってはあまり楽しくない。

しかし叔母も高齢なんだし…と、全肯定で話を聞く。

さらに兄の妻が愚痴っていたことまで出てきて、私にとっては「もう聞きたくない」話が胸にグサグサくる。

当たり前なのだ。
叔母にとっても義姉にとっても、私の母は小姑であり姑であり、嫌な存在なのだ。
意気投合もするだろう。

そこで気づいてほしい。

お二人の話はいつでも聞くけれど、聞いている私はどんな気持ちになるかを。
ちょっと考えたらわかりそうなんだけど…。

母や祖母は鬼だったのかもしれないが、捉え方の問題でもあるのだ。

それより、今、あなたの話は私の心を傷つけてますよぉ〜。

1時間ほど話すと、叔母はスッキリしたと言って電話を切った。
自分は道徳を学んできたからよかったと、何度も言ってたっけ。

スッキリしたという事実だけ残して、あとは叔母の心の中の問題、もう忘れよう。

ふと『菜根譚』を読んでみる。

声高に主張せず、穏やかに生きる。

人徳によって得られた財産や名誉は、ひとりでに枝葉が生い茂る野の花のように、大きくなり続ける。

ごく普通の食事やありふれた生活の中にこそ、穏やかで楽しい人生の醍醐味が潜んでいる。

少し読んだだけでも「菜根譚」の穏やかなすすめは、心に効く。
名前からも、なんだか根菜スープみたいに。

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